2018年11月 7日 (水)

深刻化?京都の市バス事情

 ここ1週間ぐらいの間、ツイッターを見ているとタイムラインに京都の「地下鉄・バス一日券」のプロモーションが頻繁に現れていました。誘導された先はこちら。専用サイトですが京都市交通局の公式ですね。

 これを見ていて「ああ、なるほどね」と思いました。京都が一番賑わう紅葉シーズンを前にして、観光客を少しでも市バスから地下鉄にシフトさせたいということなんだなと。プッシュしているのは「地下鉄・バス一日乗車券」。観光客に大人気の「バス一日券」ではないのです。

 近年、京都の市バスは混雑ぶりが問題視されるようになっています。その大きな要因は外国人観光客の増加だとされています。マイカーという選択肢がない外国人観光客の移動手段は必然的に公共交通となるるわけで、安くて便利なバス一日券で観光スポットを回るのが定番化しているようです。加えて大きなスーツケースを抱えて乗り込む人も多く、車内混雑に拍車をかけているとか。そして、バス一日券を買ってしまうと、当然地下鉄で行けるところも「もったいないからバスで行こう」という心理になりますよね。市バスの全ての系統が混雑しているわけではないですが、「観光公害」などと言われるようにもなってきているようです。
(参考:京都新聞 訪日客増で「観光公害」初の調査 交通混雑、民泊トラブルも

 そういう状況から、バスの混雑緩和のため地下鉄へ乗客を振り向けたいという流れになっています。2018年3月に、バス一日券を500円から600円に値上げする一方で、地下鉄にも乗れる京都観光一日乗車券は地下鉄・バス一日券にリニューアルされ1200円から900円に値下げされました。価格差が700円から300円に縮まったので、確かに手を伸ばしやすくなりました。

 ただ、これで地下鉄へのシフトが進むかというと、個人的には「うーん・・・」という感じです。そもそも地下鉄で行けるメジャーな観光スポットが少ないからです。平安神宮、南禅寺、知恩院、二条城、京都御所ぐらいでしょうか。それ以外の観光スポットは結局バスでないとアプローチしにくい。。。。交通局の思惑としては、地下鉄で行けるところまで行って、バスに乗り換えて下さいということだと思いますが、地理不案内な観光客にはちょいとハードルが高いなあと。バスなら大抵のところに乗り換え無しで行けて、値上げされたとはいえ3回乗れば元が取れるバス一日券もあるので、魅力はそうそう下がらないかと。

 ただし!紅葉シーズンの主要なバス系統は、満員で乗れない、ダイヤが乱れまくっていつ来るか分からない、という事態が頻発するので、できるだけ鉄道を利用して移動することを強く勧めたいです。運賃は高く付きますが、移動に時間を取られて見所が回りきれなかったりじっくり見られないようではかえってもったいないですから。

 京都は観光都市である一方で150万人が暮らす大都市です。観光と市民生活がうまく折り合いをつけて共存できるといいのですが。。ちょうど40年前に全廃してしまった市電が、少しでも残っていたらまた違ったんでしょうけどねえ。。

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2018年9月30日 (日)

神戸市電に逢いに行く

 先週末のことになりますが、9月24日は神戸市交通局の「交通フェスティバル」へ行ってきました。場所は神戸市営地下鉄の名谷車両基地。地下鉄といっても西神線は地上区間が多く、名谷駅も車両基地も地上にあります。

 地下鉄の車両基地なのでイベントのメインは地下鉄車両の運転台公開とか工場の公開だったりするわけですが、私が目ざしたのは一角にある神戸市電の保存庫です。神戸市電から広島電鉄に移籍した車両に乗ったことはありますが、オリジナルの保存車両を見るのは初めて。

 ここに保存されているのは戦前製の2両。
 まずは700形

Kobe7001
 製造初年が1935年(昭10)。丸みを帯びた正面に大ぶりの窓など優美な車体です。


Kobe7002
 こちらが車内。路面電車なのになんとオールクロスシートです。前後の扉に近い場所は一人掛け、中央部は二人掛け。二人掛け部分にはつり手がありませんね。

Kobe7003
 照明もしゃれていますね。吊り手はリコ式といって琺瑯製のものがバネで斜めに跳ね上げられています。使用時はつかんで手前に引きます。

Kobe7004
 座席です。ただのクロスシートではなく、転換クロスシート。背ずりをバタンと倒すことで前後どちら向きにもできます。(動かせないようにバンドで固定されていましたが)
 この二人掛けシートを当時「ロマンスシート」と称したそうで、700形はロマンスカーと呼ばれたそうです。今ロマンスカーといえば関東の小田急電鉄の特急車両になりますが、実はロマンスカーという呼び方は関西に先にあったのです。(神戸市電より先、1927年に京阪電車に登場した急行用の転換クロスシート装備車両がロマンスカーの先駆け)


 もう1両は800形。

Kobe8001_2
 こちらも車体も700形と同じような優美な姿です。柱に邪魔されて見えませんが700形よりも大型で中央にも扉があります。

Kobe8002
 車内は700形とは違いオーソドックスなロングシート。吊り手も一般的なものですね。製造初年が1937年(昭12)で、すでに日中戦争が始まるなど戦時色が濃くなっていくなか、ロマンスシートなどと言ってられない状況だったのでしょう。

 神戸っ子が「東洋一の路面電車」と自慢したという神戸市電の車両がこうしてきれいに残されていて、常時ではなくとも公開して頂けるのは嬉しい限りです。屋外展示だとどうしても痛んでしまいますからね。きょう9月30日で全線廃止から40年の京都市電は、未公開のまま大切に保管してきた保存車両を4年前に屋外展示に出してしまいましたからねえ。。。(→こちらを参考にどうぞ

この先、きちんと手入れがされれば良いのですが。

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2018年7月31日 (火)

日本最古の路面電車?

 私は朝の目覚まし代わりにタイマー付きのラジオを使っています。7時少し前にラジオがONになるようにしてあって、NHKラジオ第一の「マイあさラジオ」を流しています。ちょうど「今日は何の日」のコーナーぐらいなのですが、きょう7月31日の放送で「1961年7月31日・日本最古の路面電車が廃止された日」と紹介されてました。寝ぼけた頭で聴いていて、ええ?日本最古?
 京都市電北野線(堀川線とも呼称。廃止時の系統番号は10番)の廃止された日のことを指しているのですが、歴史的事実からすると、いささか正確性を欠いた表現です。

 かなり前に紹介しましたが、日本最初の電気鉄道として開業したのは民営の京都電気鉄道(京電)の京都駅-伏見油掛、後の伏見線でした。これを皮切りに京電は北野線を始め市内各所に路線を延ばしていきましたが、京都市が都市計画による道路拡築とセットで電鉄事業を開始して京電と競合するようになり、最終的には市電が京電を買収して一本化します。つまり日本最古の路面電車は市電北野線ではなく市電伏見線なのです。その伏見線は北野線廃止の9年後、1970年に廃止されました。

 ではなぜ北野線を日本最古としたのか・・・おそらく車両のことなのでしょう。
 京電は国鉄/JR在来線と同じでレール幅が狭軌でしたが、市電は京阪電車や新幹線と同じ標準軌でした。市電は京電を買収したあと、市電とルートが近接する路線を廃止したり、残すルートはレール幅を市電と同じに改築したりしましたが、北野線だけは「大人の事情」で狭軌のまま残されてしまいました。この結果、伏見線には他の市電路線と共通の車両が順次走るようになりましたが、北野線は京電から引き継いだ車両が廃止まで使われ続けることになりました。小型の木造車両で運転台はドアもなく吹きさらしという浮世離れしたスタイルが、車両としては「日本最古」であったということなんでしょう。でも車両は「廃止」とは表現しないですものね。

 この、北野線の車両が今でも残っています。有名なところでは博物館明治村(愛知県)や梅小路公園(京都市)での動態保存車がありますが、実はこれ、北野線廃止に際して京電開業当時のスタイルに復元したもの。運転台に窓すらないタイプで、流石にこのスタイルのままで1961年まで走っていた訳ではありません。(しかも梅小路のものはバッテリー駆動に改造しちまって全くもう・・・苦笑)。
 実際に長年市民の足として走っていた車両はどんなだったかというと、平安神宮の神苑に静態保存されています(ここで見られます)。あとは、京都市中心部では御池通河原町東入ルの京都カトリック信愛幼稚に置いてあったりします。烏丸五条上ルの北阪ビルディング内にも保存車があると聞いたことがありますが、実見したことが無く。。。最後の姿で動態保存されているものがないのは残念なことです。

 まあそんなことで、いちいち気にするなよという声も多いかと思いますが(笑)、やはり一番とか最古とかの表現を使うときは気を遣って欲しいなあと思います。個人的にね。

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2018年5月15日 (火)

「京都らしさ」とは

 京都市左京区の京都大学吉田キャンパス名物だった学生たちが設置していた立て看板(通称・タテカン)を、大学当局が強制撤去したことが話題になっています。京都新聞などの報道によれば、タテカンが屋外広告物条例に違反しているとして以前から京都市より是正を指導されていたとのこと。大学当局が道路に面した場所への設置を禁止する新ルールを適用して撤去に及んだとのこと。

 そして、タテカン撤去後に大学当局がこんな看板を出しているという写真がツイッターで出回っています。
https://twitter.com/koyama_univ/status/995135590776655875

 タテカンを撤去したあとにタテカンでそのことを自画自賛しているというのもなんとも皮肉ですが、気になるのは“「京都らしい」美しい京大を実現しました”という一文です。ここでいう「京都らしい」とはどういったことを指すのでしょうか。。。私はよそ者ですが、京都は一つの「らしさ」に固定できるような街ではないと思っています。
 例えば食べ物。パブリックイメージは京料理、京懐石、おばんざい、そしてそれらから来る「うす味」でしょうか。ところが京都では天下一品に代表されるようなこってり味のラーメン店がいくつもあって繁盛しています。餃子の王将も京都が本拠地。決してうす味だけを好んでいるのではありません。
 伝統というイメージはどうでしょう。祇園祭・山鉾巡行が今でも女人禁制を徹底しているなど保守的なところは徹底的に保守的ですが、その山鉾巡行に外国人が参加してたりします。国産初のレントゲン撮影機を完成させた島津製作所は京都で創業するなど、進取の面もあります。政治に目を向ければ自民党も強いが共産党も強い。
 そして、今回問題となっている「景観」はどうでしょう。寺社が並んだり町家が並んだりというのがイメージかもしれませんが、三条通のように明治以降に建てられた洋館も人気が高いです。そして市中心部の大部分は普通にビル・マンションが建ち並ぶ近代都市の姿になってます。高層建築は流石に少ないですが、京都駅ビルのような無駄に巨大な建築もあります。私に言わせればあんなもの景観破壊そのものだと思いますが、それでも賛否の議論が巻き起こったものの法的には問題視されず存在できています。

 このように京都という街は多面性があります。そういうことを踏まえれば、京大のタテカンも「京都らしさ」の一つと認めていいのではないか、と私は思います。もちろん法治国家として条例に基づいた指導に従うことに合理性はありますが、そもそも条例が市内全域を一律に規制しているのがどうかと。京都駅ビルや京都ホテルの高層化ができたぐらいですから、運用にメリハリがあっても良いのではと思います。

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2018年4月 1日 (日)

【4月1日】日本最大の路面電車会社が誕生

 日本の路面電車会社では広島電鉄が営業距離19kmで日本最大でしたが、2018年4月1日、これを圧倒的に上回る129.9kmの路面電車会社が誕生しました。

 2018年に100km以上もの路面電車?

 種明かしをすると・・・4月1日でエイプリルフール、というわけではありません。
 大阪市交通局の地下鉄事業(市営地下鉄)が民営化され「Osaka Metor(大阪メトロ)」になりました。
 市営地下鉄の民営化が日本最大の路面電車会社と関係があるの?
 実は、大阪市の地下鉄は開業以来「軌道法」を根拠に建設・運営されています。軌道法とは本来路面電車のための法律ですから、法規上は路面電車と同類の扱いということになるのです(^^;
 そのことは大阪市もわきまえているらしく、大阪メトロの正式社名は
 「大阪市高速電気軌道株式会社」
 地下鉄でも鉄道でもなく「軌道」と名乗っており、ここだけ見ればまさに路面電車会社ではありませんか!ただし高速と付けることで本来の路面電車と区別はしていますが(^^:
 ちなみに現在の日本で「電気軌道」と名乗るのは、知る限りは他に阪堺電気軌道、岡山電気軌道、長崎電気軌道、旭川電気軌道の4社。このうち旭川は路面電車を廃止してバス専業になっても改名していないというレアな存在ではあります。他に路面電車を運営している会社はいくつもありますが、鉄道と兼営しているなどで普通に「鉄道」「電気鉄道」を名乗っているのが大半です。(例外は富山ライトレール)

 それにしても、なぜ大阪市は地下鉄を軌道法で建設したんだろう。。。
 軌道法では線路は道路中央に敷設することとしていますが、例外的に道路以外に敷設することも可としています。その例外規定を使って「道路整備と一体で建設したから」(路面電車の立体化相当)という説明がなされていますが、かなりの屁理屈に感じてしまいますね。


 そうそう、言われる前に補足しておくと、大阪メトロは地下鉄以外に新交通システム(ニュートラム)も引き継ぎます。このなかにも軌道法の区間3.6kmがありますので、地下鉄と合わせると133.5kmの「軌道」を持つ会社になります。
 それから「民営化」と通称されますが、大阪メトロは大阪市の全額出資で民間資本が入ってませんので「株式会社化」が実態にあった表現ですね。交通局のホームページでも「株式会社化」とアナウンスしています。

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2018年2月 1日 (木)

新春天体ショウ

 きのう1月31日の夜は皆既月食がありました。天候によって見られない地域も多かったようですが、幸い関東方面は見られたところが多かったようです。私も運良く見られたので写真を撮ってみました。

【21時30分頃の部分食】
Kg1

【22時15分頃の皆既食】
Kg2

 皆既食の時は月の明るさが落ちるので、カメラが感度を自動的に上げて背景が明るくなっています。かといって手動で感度を下げると肝心の皆既食が写らず、ただの闇夜になってしまいます(^^;


 月は日頃から満ち欠けを繰り返していますから、正直に言いまして皆既日食ほどのプレミア感はなかったりします(^^;  でも、短時間で変わっていく挙動と、皆既食の間の赤銅色の月の姿はふだんとは違うわけで、空を見上げてちょっとセンチな気分になったりしました。そして、欠けた月を見上げて自然と口をついて出たのが「ハーフムーン・セレナーデ」の一節「欠けた月は 淋しさに似て 心痛むの」だったことは言うまでもありません(微笑)
 

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2018年1月17日 (水)

記憶と教訓の継承

 きょう1月17日は阪神淡路大震災から23年の日でした。
 平日、そして「節目」ではない年ということだからなのか、関東のメディアは至って静か。新聞のラテ欄を見ても関連番組と分かるものはほとんど見当たらず。テレビジョンで確認できたのは遅い時間に放送されるNHK総合の「NHKスペシャル」だけ。あとは「あさイチ」の内容に防災術が見えたぐらい。ラジオも文化放送「斉藤一美サキドリ」が神戸からの中継を前面に出しているのが目立つぐらい。それでも朝のワイド番組を中心に震災のワードが見える局がいくつかあったので、ラジオが「災害時はラジオ」を意識しているだろうことは感じられます。

 考えてみると、例えば今年成人式を迎えた人は阪神淡路大震災の後に生まれているわけで、メディアなり書籍なりで情報に触れなければ震災のことは知りようがないわけです。年を経るほどに震災の記憶と教訓を広く継承していくことが重要になってくるように感じますが、現実には逆にメディアでの露出は減っていく・・・。今年、神戸市の追悼の集いが行われた三宮の東遊園地には竹灯籠で「伝」の文字が形作られたそうですが、継承への危機感が表れているように思います。

 radikoプレミアムのエリアフリーでラジオ関西の早朝ワイド番組「三上公也の情報アサイチ!」を聴きましたが、リポートの中で「風化っていうけど、被災者に風化はないんですよ」と言っていたのが心に残りました。今日の神戸新聞NEXTを見ていると「県の復興借金、いまだ4386億円 重い地元負担」「借り上げ復興住宅 最多60団地で入居期限」という記事が。震災は終わった話ではないということもわかります。

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2017年12月13日 (水)

2017年の神戸ルミナリエ

 2017年の神戸ルミナリエは12月8日から17日までの10日間開催されています。今年は神戸開港150周年にあたり、趣向が変わっているという前触れもあり、私は9日の土曜日に、2年ぶりに訪れました。

 会場への誘導路のスタートはいつものとおり元町駅前。大混雑時には駅前の道路が歩行者専用になりいったん西側へ誘導されるものですが、9日はその措置がなかったのでそれほどの混雑ではないと確信。19時25分ごろにスタートして、仲町通りの光の回廊の入口まで約40分。土曜にしてはまずまずスムーズ。

 光の回廊は前回訪れた2015年から1街区分短くなっていましたが、今年は元の長さに。入口付近は光の壁が高くまばやき、華やかでした。

Luminarie_1

 光の回廊を抜けて本会場である東遊園地へ。
 ここは趣向が一新されていました。スパッリエーラが円形に設置されるのが定番だったのが、巨大な光の回廊が3つ連なるような、スクエアーな感じに。今までにない感覚に感嘆。

Luminarie_2

 ここまでは華やかな中にも厳かさがあるエリアですが、東遊園地の南にもサテライト的な会場があり、こちらは少々「俗」なエリア。スパッリエーラの周囲を協賛企業の飲食ブースが取り囲み、ライブステージもあるという、いかにもイベントスペースという感じ。スパッリエーラも音楽に合わせて明滅する動的なもので、本会場とは好対照です。(写真は全点灯時のもの)

Luminarie_3

 本会場の一角には神戸開港150周年記念の作品もありましたが、他の作品とまったくコンセプトが違うので、正直あれれ、という感じがしました(個人の意見です)

Luminarie_4

 開催経費確保の問題から、規模を縮小することはあっても拡大することはなかったルミナリエですが、今年は神戸開港150周年と絡めて規模を少し拡大し新しさも打ち出したのは、だいぶがんばったなと感じます。でも、ルミナリエの原点は「阪神淡路大震災の鎮魂、そして記憶と継承」です。開催趣旨にも謳っています。第21回から開催趣旨に「神戸への集客」が追加されており、震災と直接関係のない開港150周年を絡めたのもその延長と理解しますが、集客にシフトしすぎると単なる一般イベントになってしまい、今後もし集客や経済効果が減少してしまったらかえって開催が難しくなってしまうのではないかなと思ったりもします。資金集めが苦しくなっても規模を縮小してでも継続開催してきたのは、「原点」があるからだと私は思うのです。
 いっぽうで集客が期待できなければ協賛金も期待できないという事情も分かります。本当は来場者や市民の募金が支える部分が大きくなるといいのでしょうけど・・・会場内で実施している100円募金、ボランティアが声をからして呼びかけている様子を見ていると、どうも芳しくないようで,少々残念なことです。「原点」を大切にした開催が継続されることを期待しています。

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2017年11月29日 (水)

錦秋の京を楽しむ

 先週末の11月25・26日はこの時期としては2年ぶりに上洛し、紅葉狩りを楽しんできました。昨年も上洛を目論んでいたのですが、天候がイマイチなのに加えて色づきもイマイチとの情報があり取りやめたのでした。さて今年は・・・平年より色づきが早いという情報がありましたが、ピークが長く続いたようで、けっこう「あたり」だったようです。

■二尊院(嵯峨野)

Nison_in

 ここは「紅葉の馬場」とも呼ばれる参道が有名ですが、そこの色づきはイマイチ・・というかピークが過ぎていたのかも。。境内は良い色づきのものが多くあり、きれいでした。


■常寂光寺(嵯峨野)

Joujakkouji

 ここの紅葉は嵯峨野で一番だと個人的には思っています。赤と黄色の混ざり具合がきれいです。仁王門から本堂へ続く石段周辺はピーク過ぎの感じでしたが境内全体ではピークでした。


■東福寺(洛南)

Tofukuji

 京都の紅葉の一大スターですが、昨年に大改革があり、紅葉ピーク時期は一番のビュースポットである通天橋と臥雲橋からの撮影が混雑による危険防止のため禁止になりました。まあ、それでも撮ってる人はいるのですが(^^; 通天橋をアングルに入れようとすると紅葉谷からの撮影になります。色づきのよい紅葉が多くきれいでした。

■南禅寺天授庵(東山)

Tenjuan

 枯山水庭園の紅葉はほとんど散ってしまい残念でしたが、裏手の池泉回遊式庭園はほぼピークできれいでした。あえて建物越しの写真を。

■南禅寺三門(東山)

Nanzenji

 天授庵のすぐ横、南禅寺三門の前後の広がる紅葉はみごとでした。南禅寺は境内だけなら無料で回れるのも嬉しいところです(^^) この写真だけ人が映り込んでいるので拡大表示なしにしてあります。

■銀閣寺(東山)

Ginkakuji

 ベタな京都観光スポットで紅葉名所のイメージはありませんでしたが、今回初めて紅葉シーズンに訪れてみて、意外にも紅葉がきれいでびっくり。国宝の銀閣のすぐ横にも紅葉が。境内で一番の高所から俯瞰で。。


 この時期の京都はとにかく人が多くてうんざり、という方もおられるでしょうが、やはり京都の紅葉には人を惹きつける魅力がありますね。この景観を作り出した先人に感謝です。


 そうそう、京都国立博物館で開催されていた「国宝展」も行きましたが、見応えありすぎでした。なにしろ展示品が全て国宝なので、だんだん感覚がマヒしてきます(笑)。 教科書で見た(伝)源頼朝の肖像画があんなにデカいものだとは!実物を見るって、いいですね。

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2017年8月18日 (金)

五山送り火

 お盆は久々に上洛して、8月16日の夜は伝統行事「京都五山送り火」を見ていました。送り火を現地で見るのは久々。最近は(今年もでしたが)、衛星放送で中継もあるのですけどね。去年は直前に大雨になって大変な状況のなかでの送り火になりましたが、今年は雲が優勢ながら降られることはありませんでした。

 五山といっても全てを見ることができるのは市内でもほんのごく一部。従って「どこの送り火を見るか」決めてかかるのが一般的。私は東山の「大文字」、松ヶ崎の「妙・法」、嵐山の「鳥居形」は近くで見たことがあるので、西賀茂の「船形」にターゲットを絞って見ることに。(他に北山の「左大文字」があります)

 地下鉄北大路駅から加茂川べりに出て北上し、上賀茂橋を遙拝ポイントに定めて待機。一番人気の大文字がよく見えて大阪からの交通の便もよい出町柳あたりは遠方からの観覧客(←私のような人)も大勢集まって大変な混雑になりますが、上賀茂橋はいかにも近所の人が三々五々集まってくるという感じで、実になごやか。

Funagata1

 船形は20時10分に点火。最初は船形の角にあたるような場所から点火され、5分ほどで船の形が闇に浮かび上がってきます。

Funagata2

 形が出来て火の勢いがあるのは20分程度でしょうか。やがて静かに火は小さくなっていきます。

Funagata3

 こうして静かに消えていく送り火を見ていると、どこか厳粛な感じがします。
 望外だったのは、川下を見たら東山の大文字も川べりの並木の隙間から見えたこと。位置的に無理なのかと思ってたので、ちょっと得した気分です。

Daimonji

 五山送り火も、先の戦争中は中止されていたといいます。こうして見ることができるのは平和だからこそ、ということを、送り火を見ながら思います。

 * * *

 京都は非戦災都市と言われたりします。確かに六大都市のなかでは圧倒的に被害が少ないですが、実際には市街地への攻撃として「馬町空襲」「西陣空襲」があり、死傷者も出る被害を受けています。
 馬町空襲を記録する会
 西陣空襲を、語り部・磯崎幸典さんに学ぶ~上京ふれあいネット

 また、主要道路でも片側2車線が多い京都の街路にあって、五条通、御池通、堀川通の道幅の広さが際立っていますが、これは戦時中に延焼防止の防火帯にするため沿道の建物の強制取り壊し(建物疎開)を行ったことに由来します。これも戦争の痕跡と言えるでしょう。古都・京都も戦争とは無縁でいられなかったのです。

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