2017年8月18日 (金)

五山送り火

 お盆は久々に上洛して、8月16日の夜は伝統行事「京都五山送り火」を見ていました。送り火を現地で見るのは久々。最近は(今年もでしたが)、衛星放送で中継もあるのですけどね。去年は直前に大雨になって大変な状況のなかでの送り火になりましたが、今年は雲が優勢ながら降られることはありませんでした。

 五山といっても全てを見ることができるのは市内でもほんのごく一部。従って「どこの送り火を見るか」決めてかかるのが一般的。私は東山の「大文字」、松ヶ崎の「妙・法」、嵐山の「鳥居形」は近くで見たことがあるので、西賀茂の「船形」にターゲットを絞って見ることに。(他に北山の「左大文字」があります)

 地下鉄北大路駅から加茂川べりに出て北上し、上賀茂橋を遙拝ポイントに定めて待機。一番人気の大文字がよく見えて大阪からの交通の便もよい出町柳あたりは遠方からの観覧客(←私のような人)も大勢集まって大変な混雑になりますが、上賀茂橋はいかにも近所の人が三々五々集まってくるという感じで、実になごやか。

Funagata1

 船形は20時10分に点火。最初は船形の角にあたるような場所から点火され、5分ほどで船の形が闇に浮かび上がってきます。

Funagata2

 形が出来て火の勢いがあるのは20分程度でしょうか。やがて静かに火は小さくなっていきます。

Funagata3

 こうして静かに消えていく送り火を見ていると、どこか厳粛な感じがします。
 望外だったのは、川下を見たら東山の大文字も川べりの並木の隙間から見えたこと。位置的に無理なのかと思ってたので、ちょっと得した気分です。

Daimonji

 五山送り火も、先の戦争中は中止されていたといいます。こうして見ることができるのは平和だからこそ、ということを、送り火を見ながら思います。

 * * *

 京都は非戦災都市と言われたりします。確かに六大都市のなかでは圧倒的に被害が少ないですが、実際には市街地への攻撃として「馬町空襲」「西陣空襲」があり、死傷者も出る被害を受けています。
 馬町空襲を記録する会
 西陣空襲を、語り部・磯崎幸典さんに学ぶ~上京ふれあいネット

 また、主要道路でも片側2車線が多い京都の街路にあって、五条通、御池通、堀川通の道幅の広さが際立っていますが、これは戦時中に延焼防止の防火帯にするため沿道の建物の強制取り壊し(建物疎開)を行ったことに由来します。これも戦争の痕跡と言えるでしょう。古都・京都も戦争とは無縁でいられなかったのです。

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2017年1月17日 (火)

22年

 1月17日。阪神淡路大震災から22年です。
 20年の、いわゆる“区切り”を過ぎてからメディアの露出が減っていますね。しかし、区切りなんていうのは被災地では関係ないことなのだと思います。神戸新聞のウェブサイトでは今年も震災関連記事が満載です。ラジオ関西は発災時刻に「阪神淡路大震災1.17のつどい」が行われる東遊園地から中継し、夜には近畿AMラジオ局共同の特別番組「いのちのラジオ」があります。
 でも、本当は被災地以外の場所でこそ、露出が必要なのではと思います。東日本大震災も極めて甚大な災害でしたが、阪神淡路大震災は都市型災害として未曾有の災害でした。語り継ぐべき教訓、課題はたくさんあるでしょう。それを思い起こす日にしたいですね。

 そういえば、昨年はNHKテレビで「通電火災」の問題を取り上げていました。(→通電火災については神戸市ホームページを参照) 私も昨年、対策として市販されている「揺れでスイッチを切る仕掛け」をブレーカーに取り付けました。
Kanshin1
Kanshin2

 仕掛けは単純(原始的)で、大きな揺れがあると赤いおもりが落下し、おもりに付いている紐がスイッチにかぶせたキャップを下に引っ張り、電気を切ります。
Kanshin3

 購入品では、おもりの台座を変えることで落下する震度を調整できるようになっていました。私は震度6弱相当にセットしましたが、震度3~4では確かに落下しなかったです。6弱は経験していないので動作実績はありませんが。。。

 ブレーカーが切れると家の照明もつかなくなるので、夜間に強い地震が襲われたときのために停電灯も併用するようにしています。両方合わせても比較的安価に対策できますよ。

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2017年1月15日 (日)

ラスコー展を観る

 週末は東京・上野の国立科学博物館で開催中の「世界遺産 ラスコー展」を観てきました。
 2万年前に描かれたとされる仏・ラスコー洞窟の壁画をテーマとした特別展ですが、もちろん“本物”が来るはずもなく、レプリカの展示が中心。というか、洞窟内から発見された石器類を除けばみんなレプリカ(笑)。口悪く言うならば「壮大なレプリカ展示会」です。

 でも、実際に行ってみると見応えありました。いくつかの壁画は洞窟の壁も含めて原寸大で再現されています。大きさもさることながら、写真では絶対に分からない立体感を目にすることができます。日本の古墳の壁画は平面の壁に描かれてますが、ラスコーは自然洞なので複雑な凸凹があり、よくこんな壁に描いたなあと。それに、今回展覧会に行って初めて知ったのですが、現在ラスコー洞窟は壁画保護のために入洞禁止になっているそうで、観光客は隣のレプリカ施設を見ることになるのだとうか。現地に行っても本物が見られないのですから、日本に来ているレプリカを見る意味は大ありだと思いました。また撮影OKなのもレプリカのいいところですね(^^) (本物の石器類は撮影禁止です)

 壁画を描いたクロマニョン人を考古学的検証により再現した人形も展示されてましたが、思いの外現代人っぽいのが驚きでした。

 会期は2月19日まで。お近くに立ち寄りの際はいかがでしょうか。

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2016年12月26日 (月)

大ラジカセ展にて

 きのう25日は東京・池袋パルコで開催中の「大ラジカセ展」を観てきました。私もしっかりラジカセ世代ですので、懐かしさで興味津々のイベントだったのですが、まあ見たことが無いようなラジカセがところ狭しと並んでいて圧倒されました。噂には聞いていたテレビとの複合(ラテカセ)とか実物見るのは初めてでしたし、キーボード付き・・・要するに楽器と一緒にしたようなものまであってびっくり。
 ラジカセはラジオとカセットレコーダーとの複合機なので、文化としてのラジオの紹介にも力が入ってました。在京民放局の歴史的な写真や放送受信確認証(ベリカード)、番組プログラム表や、貴重な音源の試聴まで。
 さらに、各界著名人のラジカセに関する私物史料の展示やコメントを展示したコーナーも。水道橋博士が少年時代、BCL(ラジオの遠距離受信)に夢中になっていたことを初めて知りました。電離層反射で届く遠方のラジオを聴くことは、今ならパソコンでインターネットを見るような「世界の広がり」を感じられたでしょうね。
 それほど大きくないスペースではありましたが、見応えがありました。

 しかーし、私が大いに驚いたのはラジカセの試聴コーナーでした。
 なんと、試聴テープに収められていたのが河合奈保子さんのアルバム「あるばむ」だったのです。市販のミュージックテープではなく、ブランクテープに個人的にダビングされた物。

 Radicase

 もっとも、試聴用のラジカセがモノラルタイプの決してHi-Fiではない機材で、奈保子さんの歌唱の魅力を存分に引き出すものではなかったのは少々残念ですが、それでもこういう展示にこれをチョイスしたなんて素晴らしすぎます。

 会期は12月27日までということで、もう時間がありませんが、池袋にお立ち寄りの時には如何でしょうか。

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2016年10月27日 (木)

鞍馬の火祭

 京都三大奇祭のひとつ鞍馬の火祭は、鞍馬寺の寺域にある由岐神社の祭礼で、毎年10月22日に行われます。今年は土曜日にあたりましたので、先週末に上洛して見てきました。実は以前にも行ったことがあるのですが、夕方から強い雨が降ってかなり心残りのある観覧になってしまったので、リベンジしたかったのでした。

 祭礼は18時頃から始まりますが、鞍馬寺と由岐神社の参拝も兼ねて早めに鞍馬入り。遅れると事実上唯一の交通機関である叡山電車が大混雑になり、ターミナルの出町柳駅で乗車待ちの大行列が出来てしまうので、とにかく早い時間に入るのがポイントなのです。ネットの情報ではピーク時に3時間待ちのアナウンスがあったとか。

 17時を過ぎると、鞍馬寺山門前を中心とした鞍馬街道は歩行者の規制が始まりました。祭りいちばんの見どころは山門前ですが、鞍馬の町は狭く大勢の人が立ち止まって観覧できる場所がありません。そこで、立ち止まりを禁止して一方通行の周回コースを歩いて回るように誘導されます。
Kffguide
 私もその人の流れに突入しましたが、一巡するのに約1時間。コースの半分は祭礼の行われる鞍馬街道から外れて何も見えないし、とにかく人が多いので私は二巡目には入らずコースアウトしてしまいました。個人的には、これが結果的に良かったかも、です。コース外は特に通行規制はなく、立ち止まりもOK。思い思いに自分のペースでそぞろ歩きして観覧できます。

 鞍馬街道沿いの家々の前にはかがり火が焚かれ、大小の松明を担いだ人々がサイレヤ、サイリョウと唱えながら練り歩いていきます。大きな松明は男手が担いでますが、小さな松明(とっくり松明というらしい)は子どもの男女が担いでます。大人に指南されながら松明を担いで行く姿は見ていて微笑ましかったです。
 祭礼のクライマックスは20時過ぎ、山門前に松明が集結して焼き捨てられるところと、神輿を出して巡行するところ、なのですが、コースアウトしているのでこれは見られず。というかコースに入っていてもタイミングよく山門前に居られる確率は相当低いでしょう。クライマックスは見られませんでしたが、間近で見る松明の練り歩きはかなりの迫力でした。
Kff3

 御旅所に21時過ぎまで居て、帰りは鞍馬街道を10数分歩いた貴船口からの京都バス臨時便で山を下りました。たまたま座れて地下鉄国際会館駅まで約15分、楽ちんです。

 急に思い立って行きましたが、良かったです。十分リベンジは果たせました(あくまで自己評価)

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2016年1月20日 (水)

あの日から21年と1日の訃報

 きのう19日は河合奈保子さん関連の話題優先で綴りましたが、実は1月19日の朝は、東京新聞朝刊の小さな訃報に釘付けになっていました。見出しは「阪神大震災取材を指揮」。神戸新聞の元社長、山根秀夫さんの訃報でした。1月18日との由。
 山根さんは震災当時、神戸新聞編集局長。1月16日に多くの地区で再放送されたフジ系ドキュメンタリードラマ「神戸新聞の7日間」では、本社機能が壊滅するなか、新聞発行継続のため京都新聞へ援助協定の発動を依頼し記者を鼓舞する山根さんを内藤剛志さんが演じていました。まるで再放送とあの日から21年を見届けるかのように逝ってしまったかのよう。75歳とまだまだ若いのに。。。ご冥福をお祈りします。合掌

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2016年1月17日 (日)

21年

 1.17・・・阪神淡路大震災から21年になりました。昨年は20年の節目ということで、メディアでも多く取り上げられていましたが、やはり今年は露出が少なくなってますね。特に「災害時はラジオ」と言っているそのラジオが関東ではほとんど関連番組が予定されていませんでした。日曜に当たったため特別番組が組みにくかったのかもしれませんが。
 テレビジョンのほうは、前日の午後にフジテレビがドキュメンタリードラマ「神戸新聞の7日間」を再放送していたのが出色でした。2010年に放送されたこのドラマを、当時泣きそうになりながら見ていましたが、20年ではなく21年のタイミングで再放送されたことは、風化させずに伝えていくという点で意義深いと思いました。ジャニタレが主役格だったのにちゃんと再放送できて良かったという別の感慨もあります(^^; 今夜はNHKで特集番組が放送される予定ですね。

 放送のことばかり綴ってしまいましたが、神戸新聞の報道によれば、現地での追悼行事なども20年の節目を機に縮小傾向にあるとのこと。今後どう伝えていくのかがますます課題になってくるようです。そんなことを神戸とは直接縁の無い私が思案しても仕方ないのでしょうけど、災害はいつか自分の身に降りかかってくるかもしれないわけで・・・他人事にしてはいけないのだろうな・・・そんな思いです。

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2015年12月14日 (月)

神戸ルミナリエ閉幕

 今年の神戸ルミナリエは12月13日、10日間の会期を終了しました。
 私は、何か変わっていく節目になりそうな気がして、昨年に続き今年も行ってきました。
 行ったのは12日。会期末に近い土曜日ということでもっとも人出が多くなる日でしたが、そのせいかルミナリエ会場までの道のりが長く感じましたね。観客の誘導路の起点である元町駅東口を19時50分にスタート、いったん会場とは反対の西口方面へ誘導され、花隈公園近くの交差点で折り返し元町駅東口に戻ってくるまで既に40分経過(^^; ただ、その後はスムーズで、仲町通りの光の回廊の入口付近まで15分でした。

Luminarie1

 光の回廊の入口はこれまでに無い構造で、アーチだけでなく壁も天井も設けられ電飾に彩られています。この中に入ると、光に溺れそう。。。回廊は昨年までと比べて街路1ブロック分短くなっているようですが、それでも十分な長さがあるので、特に貧相になったという印象はありませんでした。


Luminarie2

 光の回廊を抜け、メイン会場の東遊園地へ。10日夜の強風で噴水広場の作品が倒壊したというニュースがありましたが、メイン会場には影響なく、スパッリエーラはまばゆい光を放っていました。

 今年の作品は、それまでの白熱電球に変わってLED電球を全面的に使用したことがアナウンスされていたので、見る前はかなり冷たい感じになるのかなと思っていました。しかし実際に見てみると、配色が巧妙なのか、そこまで冷たさを感じませんでした。発色が良いので作品としてのクオリティーは向上したと言うこともできそうです。とはいえ昨年の写真と比べると昨年のほうが圧倒的に温もりを感じるのも事実で、そちらのほうが個人的には好みではあります。

 そんな変化はありますが、私自身は光の回廊も東遊園地も、これまでと同じように、はしゃいでというよりは神妙な心持ちでその光を見上げていました。ルミナリエは、阪神淡路大震災の記憶とセットですから。


Luminarie3

 会場の一角には「慰霊と復興のモニュメント」があり、例年どおり夜間も特別開放されていました。水を湛えたガラスの下の空間は、6千余名の犠牲者の名前が刻まれたプレートで埋め尽くされた壁が取り囲んでいます。私も入室しましたが、そのプレートを見入る人がいました。静かな静かな空間です。記憶の継承は大切なことだと思います。

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2015年12月 5日 (土)

神戸ルミナリエの開幕

 阪神淡路大震災の年に始まった神戸ルミナリエが昨12月4日に開幕しました。ルミナリエのサイトは少し前から見ていて、会期が12月13日までとなっていたので、あら今年は会期が短い?と思ったのですが、昨日付の神戸新聞のサイトの記事によるとやはり会期が短くなっているそうで。さらに会場の光の回廊も今までより短くなったとか。。。。

 理由は運営資金の厳しさだそうです。そう聞くと切ないですね。何か良い方法はないものでしょうか。来場者に100円募金を呼びかけていますが、私が過去に訪れたときに見た感じでは、募金に応じてる人は来場者数からみれば相当少ないように思います。入口が1カ所に決まっているのだから改札を設けて強制徴収してもいいと思うのですけどね。無粋かもしれませんが。

 そして、開催趣旨も震災犠牲者の鎮魂と復興への希望だったのが、復興が消えて神戸の集客に変わっています。
 昨年が20回目で今年が21回目。何か変わっていく節目になりそうな気がしますが、震災の記憶をつないでいくという芯は失わないで欲しいと思います。地元民でもない私が言えることではないのでしょうけど。

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2015年10月17日 (土)

筑鉄電車に乗る

 10月3日は尾崎亜美さんを追っかけて下関へ行ったわけですが、せっかくの西日本遠征なので、ちょっとだけ足を伸ばして北九州の筑豊電気鉄道(筑鉄電車)に乗ってきました。

 なぜ筑鉄・・生活路線で地味な存在ですが、2009年に公開された映画「おっぱいバレー」ではロケに協力していて話題になったことがあります。そして、ここ数年で変化が起こりそうな気配なので、「今」の雰囲気を感じておこうと、ロケ地巡りをかねて行ってみました・・・といいつつ、私は映画を見てないのですけどね(^^;

 起点は黒崎駅前駅。路面電車の電停のような名称ですが、もともとは路面電車の西鉄北九州線の電停でした。

Kurosaki1
 駅は再開発ビルの中にあるのですが、目立つのは併設のバスターミナルの表記のみ。知らない人は「駅はどこか」と探してしまいそうです。筑鉄の駅は奥の一隅にあります。

Kurosaki2
 筑鉄は立派な鉄道線ですが、廃止された西鉄北九州線に乗り入れていた関係で車両は路面電車タイプであり、駅はホームがあるだけ。

Hagiwara1
 黒崎駅前から3つめの萩原駅。ここは映画のロケ地になっています。駅近隣には団地があり、団地併設の昭和チックな商店街がレトロ感を醸しています。横切るのは最新のステップレス超低床車。

Hagiwara2
 行灯型の電車接近表示も最近は少なくなっています。

 萩原から暫く直方に向けて乗車します。筑豊中間から先は乗客がだいぶ少なくなりました。電車も半数は中間で折り返してます。ちなみに中間は「なかま」と読みますが、距離的にも筑鉄電車のほぼ中間に当たります(^^;
 車庫のある楠橋駅で下車してみました。

Kusubashi1
 ここも映画ロケ地になってます。

Kusubashi2
 こちらは旧型の車両。元西鉄北九州線の車両で、映画ではもっぱらこの車両が映っていたようです。

Kusubashi3
 こちらは新しめの車両。カラフルな広告を纏っています。


Ongagawa
 直方に着く直前で遠賀川を渡ります。空が広い!ここもロケ地になっています。

Noogata
 終点の筑豊直方駅は立派な高架駅です。といっても他の駅同様、ホームがあるだけで出札も改札もありません。路面電車ライクな路線でありながら高架駅となっているのは、当初は福岡への延伸計画があり、この先で国鉄筑豊本線を立体交差することを見据えていたからとされています。実際そうなのでしょうが、現地に行ってみるとそれだけではないような。。。この駅、先ほど渡ってきた遠賀川の橋梁からすぐの場所にあります。もし駅が地平だと土手から急勾配で下らなければなりません。急勾配を避けるために、土手と同じ高さの高架で駅を作った、そして将来の延伸にも対応できるようにした・・・そんなところではないかと思います。

 全線乗り通してみると、鉄道だけど路面電車ライク、そして車掌が乗務する連結車で運転されているというところは広島電鉄の宮島線とイメージが重なります。広電にも元西鉄北九州線の車両が入ってますし(←間違いでした。広電に入ったのは北九州線とほぼ同一仕様の福岡市内線の車両を改造したものでした)。ただ運行間隔はだいぶ違いますね。土休日の日中は中間までは12分毎ですが、その先は24分毎となってしまい、都市近郊の路線としてはもうすこしがんばれないものかなとも思います。
 随所にレトロ感が感じられるもののICカード対応や新車の導入など近代化もされています。でもねえ、超低床車の導入は方向性としてどうなんでしょう。というのも、乗り入れ先の西鉄北九州線が廃止されたことで路面からの乗降は全く無く、路面電車タイプの車両である必要はすでに無くなっているわけです。なれば、高価な超低床車をちまちま導入するよりも、各駅のホームをかさ上げして在来車のドアのステップを切ったほうが、安上がりかつ全面的にバリアフリーに出来るんじゃないかと思うのですよね。筑鉄の車両はドアが引戸ではなく折戸なので改造がしにくいのかなあ。。沿線住民でない私が口だしすることではないのでしょうけど(^^;
 地方交通の経営はどこも苦戦してますが、地域に根ざした路線であることを肌で感じましたので、これからも頑張って欲しいなと思います。

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