2020年11月 9日 (月)

改正著作権法の話題

 いささか旧聞ではありますが、10月1日に改正著作権法が施行ということで、SNSでも情報が流れてきました。海賊版サイト「漫画村」の問題化で顕在化した「リーチサイト」「リーチアプリ」に対する規制と刑事罰が加わったということです。これは大きな転換点のように思います。これまでは、著作権侵害コンテンツをアップロード、ダウンロードする行為が規制されてきましたが、おおざっぱに言えば著作権侵害コンテンツの“リンク集”も規制対象になった、ということですので。

 詳しくは文化庁のサイト(令和2年通常国会 著作権法改正について)で確認いただければと思いますが、Q&Aに気になる記述があります。

『一般的な掲示板やSNS,ブログなどが規制されることは想定されませんが,掲示板やSNS,ブログなどであっても,侵害コンテンツへのリンクばかり掲載しているような場合にはリーチサイトと評価され,規制対象となるものと考えられます。』

 当店ではもともと著作権処理の不確かなコンテンツは紹介しない方針で運営していますが、引き続き慎重に対応していきたいと思います。

 なお、この件に関してどんなものが規制対象なるかの見解を当店に求めるのはお控えいただきますようお願いします。上で紹介した文化庁のサイトで確認ください。

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2020年9月 3日 (木)

97年前の教訓

 9月1日は防災の日でした。そして関東大震災から97年の日でした。

 阪神大震災、新潟県中越地震、東日本大震災など記憶に残っている大災害に比べて、100年近く前の災害は顧みられることも少なくなりましたが、今でも教訓にすべきことはあると思います。流言飛語への対応です。関東大震災では、災害そのものではなく流言飛語が元で犠牲になってしまった方も出てしまった。なぜそんなことをしてしまったのか顧みることは大切なことではと。新型コロナ禍が進行中の今、そう思います。

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2020年8月31日 (月)

8月が過ぎてゆく

 早いものでもう8月も終わり。今年は長梅雨だった上に新型コロナ禍でイベントはことごとくなぎ倒されて出かける先もなく、暑さを除けば夏らしくない夏だったような。。。おかげで今年は、先の戦争について考える時間が多かったように思います。

 そして、本館に頂いたお便りでも触れられていましたが、河合奈保子さんの40周年にまつわる「何か」の発売の告知もなく過ぎていくことに、また淋しさを感じています。1月時点では「何かしら考えている」という前向きな情報があったのですが、新型コロナ禍の影響で狂ってしまったのでしょうか。。。こればかりは待つしかないですが、せっかく「何か」発売するなら40周年の区切りのうちに・・・と願います。

 個人的には全般的につまらない8月でしたが、きのう8月30日は久々に私の推しているユニット「昭和とらいあんぐる」の生バンドライブがあり、感染防止対策の制約の中ではありますがフルバンドの演奏を現場で観ることができたのは良かったです。やっぱり生で聴くバンドの「音圧」はリモートでは感じられないですからね。それに「涙のハリウッド」も歌ってくれたし♪以前リクエストを出していたものを、いまのまいさんに拾っていただきました。ありがとうございます!

 たとえ新型コロナが収まったとしても以前の日常に戻ることはない、と主張される方もいらっしゃいますが、ビジネスはともかく文化・芸術に関してはそれではあまりにも寂しいなと思います。うまい折り合いのつけ方が見つかるといいのですが。。

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2020年8月 9日 (日)

他人事ではなく

 きょう8月9日はアメリカが長崎に原爆を落とした日でした。

 広島の3日後ということで、メディアでは広島よりも扱いが小さくなりがちですが、そこに軽重はないと思います。国際的な大型運動会が(いまのところ)延期になり、新型コロナの影響も広がるという状況など、望んだことではないけれど「静かな環境」となったことで、この2つの日のことに思いを致すことができたのはよかったことかと思います。

 きょう発信された長崎平和宣言には、次のような一節があります。

『新型コロナウイルス感染症が自分の周囲で広がり始めるまで、私たちがその怖さに気づかなかったように、もし核兵器が使われてしまうまで、人類がその脅威に気づかなかったとしたら、取り返しのつかないことになってしまいます』

 他人事ではなく自分事として捉えるというところがまずはスタートなんだと、改めて感じます。

 そういう意味では、原爆は広島と長崎だけの話ではないと捉えることも、ひとつのアプローチではないかと思います。実際に原爆が落とされたのは広島と長崎ですが、京都、新潟、小倉など他にも攻撃目標とされた都市があったわけです。終戦が遅れたら第3、第4があったかもしれない。そして原爆投下前から終戦前日まで、アメリカは日本各地に「模擬原爆」を落としてもいます。急速な退避行動が必要な原爆の投下訓練として実行されたといいますが、模擬とはいえ火薬の詰まった大型爆弾で、各地で犠牲者が出たそうです。訓練なのに訓練場ではなく人の上に落とすとは酷い話です。私もそんな話を知ったのはつい4日前で、まだまだ知らないことがたくさんあるのだと思います。

(参考:東京新聞 特報Web 長崎と同サイズの模擬原爆4.5トン、皇居狙うも外れ八重洲に

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2020年8月 6日 (木)

75年、だからではなく

 きょう8月6日はアメリカが広島に原爆を落とした日でした。

 75年・・・節目であろうとなかろうと、やはりこのことは心に刻まねばならぬのでは、と思います。とはいえ、新聞のラテ欄を見る限りテレビジョンは放送協会を除いては扱いも小さく、そもそも若い人はテレビジョンを見ていないとか。新聞は大きく紙面を割いてますが、おそらくテレビジョン以上に若い人は見てないだろうし。

 となるとネット空間ですね。当店ではこれまで何度もヒロシマ新聞を紹介してきました。もし8月7日に新聞を出すことができたら、そしてそれを発展させてもしインターネットがあったら、という視点で作成されていて読み応えがあるのですが、今年は放送協会が新しい取り組みをしています。ひろしまタイムラインです。75年前にSNSがあったら市民はどんなつぶやきをしていたのだろうか、という視点で当時の市民の日記をもとに時間軸をたどってツイートしています。新聞記事とは違う当時の市民の生の声が続くツイートは、1つ1つのつぶやきは短いので負担にならずに読めますし、あの日時間とともに何が起きたのか追体験しているかのような感じになります。ネット世代の多くの人が見てくれたらと思います。

 ただ、もし当時SNSがあったとしても、政府に都合の悪いことが書かれた投稿は、今の中国のように当局によって削除されてしまったことでしょう。そんなことも思いながら私はタイムラインを追っています。

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2020年5月 3日 (日)

檻の中のライオン

 きょう5月3日は憲法記念日でした。

 国家権力が「ライオン」なら、ライオンが暴れないようにする「檻」が憲法である、というたとえ話で立憲主義を解説する本があります。

 「檻の中のライオン」 かもがわ出版

 エッセンスがわかるインタビュー記事はこちら。

 「クイズです。憲法を守らなければいけないのは、誰でしょう?」
 ――『檻の中のライオン』の楾(はんどう)先生に聞く
 ~KOKOCARA

 新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う政策が日常生活を初め社会全般に大きな影響を及ぼす今、改めて憲法とは、立憲主義とは何かを考えたいと思います。

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2020年5月 1日 (金)

メーデー100周年

 きょう5月1日はメーデーでした。日本で最初のメーデーが1920年で、今年が100周年。

 近年の日本のメーデーは祭典色が濃くなっていますが、もとは8時間労働制を実現する行動の日として始まったそうで、労働者の権利を訴える日とされています。先進国では労働者の日として祝日になっている国も多いそうですが、日本は大型連休期間に含まれるものの平日。「勤労感謝の日」はありますが、旧憲法の時代にあった稲の収穫を祝う祭日「新嘗祭」を敗戦後、看板を掛け替えたもので労働者の日とは様相が異なります。

 新型コロナウイルスの影響が拡がる今、労働者の権利を護り向上していくことの意義を改めて確認したいものです。

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2020年1月17日 (金)

忘れない1.17

 きょう1月17日は阪神淡路大震災から25年。いまこれを綴っているのは17日の0時過ぎですが、前日23時から放送のNHK「ラジオ深夜便」は1時間延長して朝の6時までBK(大阪局)のスタジオから「知らない世代に伝えたいこと」など全て震災関連のプログラムになっています。アンカーの住田アナは震災時にたまたま神戸の実家に帰っていて被災し、そこからいち早く電話で震災の状況をリポートしたという方です。落語家の桂吉弥さんとのトークではかなりローカルな話も繰り広げていましたが、地元出身ならではという感じで聞いていました。

 年を追う毎に風化が言われていますが、神戸新聞にはこんな記事が出ています。

 81歳女性、市長に手紙「行き場ない」 復興住宅の退去判決確定

 被災者向けの借り上げ復興住宅の借り上げ期間が切れ、入居者が訴訟を起こされて退去を命じられるということが相次いでいるそうです。震災は、こうした形でいまも進行形なんだと。。。

 昨年の神戸ルミナリエの写真を再掲します。

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2019年12月10日 (火)

1937年はどんな年だったのか

 先月観劇した扉座公演「最後の伝令~菊谷栄物語」は1937年(昭和12年)が舞台でした。エノケン一座の座付き作家が召集され、あっけなく中国で戦死してしまった実在の人物をモチーフにした芝居でしたが、そもそも1937年とはどんな年だったのか、自分でもすこし調べてみました。

 作品を書いた扉座の横内謙介さんはブログで「作品の事前検閲は激化し、すでに思想統制は始まっていて、菊谷も言葉狩りに遭って、苦労したようだが、ジャズの演奏や横文字そのものは、普通に使うことが出来たのである」と解説しています。確かに、前年には1940年オリンピック東京大会の開催が決定していたわけですから、この時点で外国文化を排斥するところまでは行ってないというのは分かる気がします。

 思想統制のほうはどうか。3月には防空法が成立し国民の防空訓練への参加を義務づけ。この防空法は後に改定を繰り返し、以前にも紹介したように戦争末期には都市からの退避禁止や空襲時の避難禁止(逃げるな火を消せ)というトンデモな内容が加わっていきます。7月に盧溝橋事件をきっかけに日中戦争が始まると、8月には近衛内閣が国民精神総動員実施要領を閣議決定。このあたりから思想統制が本格化したということでしょう。

 経済統制はどうか。10月に鉄鋼工作物築造許可規則が制定。鉄筋・鉄骨造の建築の制限が始まり、各地で建設途上あるいは計画中だった百貨店やオフィスビルが階数を低く設計変更したり、建設自体が中止されたりといったことが相次ぎます。翌38年になると、3月に綿糸・ガソリン・重油の切符販売制が始まり、4月には国家総動員法が成立。あらゆることが戦争優先になっていきます。そして、38年7月、1940年オリンピック東京大会の開催返上決定。

 芝居に描かれた菊谷栄の召集は1937年9月。時系列と比べると、日中戦争は始まったものの生活物資の統制はまだ始まる前、戦争もどこか遠くのことにように感じている人も多かった頃だったのだろうと思われます。まさに転換点のようなひとときを、描いた作品なのだなと。

 一昨日の12月8日は対米英戦開戦の日から78年でしたが、戦争はその前から始まっていたことも忘れてはならないことだと「最後の伝令」を観て思ったところです。あ、念のために付け加えておくと、「最後の伝令」は反戦芝居とかではありません。1937年を背景にした純粋なエンターテインメントです。ただ、私はそう感じたということで。

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2019年9月16日 (月)

伊集院光とラジオと生活情報と

 関東地方を中心に大きな被害の出た台風15号の襲来から1週間が経ちました。千葉県では今も多くの地域で停電が続き、全面復旧の見通しは9月27日と言われ、商用電源の停止に起因して断水や携帯電話網の不通もあり厳しい状況が続いています。

 この状況のなか、いささか旧聞ではありますが、9月12日のTBSラジオ「伊集院光とラジオと」では、伊集院さんが情報をどう届けるかということについてラジオパーソナリティーとしての思いを吐露していました。

『NHKテレビは字幕で給水とかの情報を出している。チバテレビも頑張っている。
でも停電になってるとテレビがなかなか見られない。

ネットはネットで頑張っているけど、スマホが充電できなくて困っている。

いよいよやんなきゃいけないのはラジオだったりするのかな、ラジオは電池で動くものも多いから。
でも現状全然できてないという情けない状況』

 番組オープニングで大体このようなことを話していました。「おまえが言うな」と言われそうなことをあえて話しているのを聴いて、本人も葛藤を抱えて番組を担当しているんだろうなと感じました。話はさらに、民放連が政府(総務省)に要望し、近頃認められた話に及びます。そのあとのニュース解説コーナーで。

『停電のときに情報を届けるのに電池で動く機器を持っている可能性の高いラジオは活躍の場だし、こういうときこそAMラジオの存在意義を見せなきゃいけないけど。
そんななかで、いまAMやめてFMにしようみたいな。
千葉みたいなところに隅々まで情報をいきわたらせようとしたときにAM波の価値は高いのだけれど、こういうことをどう想定しているんだろう。
こういうことを見て考え方を変えたりするんだろうか。
AMは遠くまで届く、FMは細かいところに届く(→鉄筋ビルやノイズの多い都市部のことを指していると思われる) 、そういうはずだったんだけど。』

 どちらもラジオへの愛にあふれる伊集院さんらしい発言だと思います。「災害時はラジオ」などとよく言われながら、いやラジオ局自身もそう言っていながら、こんなことで良いのかと。

 日本の民放AMラジオ局は殆どの地域では県単位のサービスエリアであるのに対し、東京の民放AMラジオ3局は関東一円をサービスエリアにしています。極端なことを言えば他都県の聴取者にとって千葉の給水、停電、スマホ充電、入浴サービスなどの「生活情報」は 直接的には不要な情報であることが生活情報の放送に後ろ向きになっているのかもしれません。またラジオで細かく読み上げていくのは大変なことでもあります。しかし、NHKラジオ第一は関東の周波数では時間を区切って全国向け放送に割り込む形で千葉の生活情報を流しています。昨15日のマラソン実況中継でも実況を中断して流してました。公共放送と民放は違うと言われればそうかもしれませんが、やってやれないことはないのです。民放が「災害時はラジオ」とのスタンスを今後も維持するのか、あるいは放棄するのか、まさに岐路に立っているように私には感じます。

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