被災81周年
明日11日は東日本大震災から15年になりますが、その前のきょう10日は東京大空襲から81年の日でした。米軍の無差別攻撃により非戦闘員約10万人が一夜にして犠牲となる大虐殺のあった日は、節目の年でなくても素通りできません。
今年も週末に、毎年この時期に東京・浅草公会堂で開催されている「東京大空襲資料展」を見てきました。昨年は被災80周年で展示写真が例年より充実していましたが、今年は例年に戻ったようでした。戦時下の茶の間の再現コーナーが復活していなかったぶん、被災の実相を知らしめる写真が比較的ゆったりと展示されていて、見やすくなったと言えるかもしれません。土曜日の午後、来訪者は途切れることなく入場していましたが、すぐ近くの仲見世や浅草寺のにぎわいと比べてしまうと、もっと多くの方に見てもらえたらと思います。
資料展に出る資料はだいたい決まったものですが、あたらめて気づくこともあったりします。展示してあった当局発行の本に書かれていた「重要都市の疎開について」という内容がなかなか。疎開の真義は何かを説いているのですが、いわく「老人だとか子供だとか、或いは妊産婦等が多数いるということは、混乱を来すだけであって防衛体制の上からいうと弱いのです」「戦時下の食糧問題を考えて見ると、成るべく足手纏いになる者は少なくして、そういう人々を食糧の豊かな農村地帯に分散疎開して置くということが、防衛上から見ても食糧対策の上から見ても必要なのです」 そこには国民の生命を守るという発想は見えません。民間人の空襲被害者の補償をかたくなに拒む政府・自民党が、いっぽうで「国民の命を守り抜く」などとなにかにつけ言ってますが、過去を踏まえると果たして信用できるのかと思います。
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