暴君を出現させないために
きょう5月3日は憲法記念日でした。
改憲派、護憲派それぞれの立場の主張が飛び交いますが、きょうの東京新聞の社説が私にはストンと落ちました。
江戸時代の武家の「忠」とは、主君が暴君だったら諫めることだったこと。海外で憲法の調査をした伊藤博文は、憲法の目的は一に権力の制限であると言い当てていたこと。最近、権力の暴走に歯止めをかける装置の破壊が続いて起きていること。権力自ら憲法秩序を破壊しているなら、それこそ権力の暴走であること 。。などを挙げ、
“われわれも主権者として、権力の横暴や、自由や権利の侵害には勇気をもって「ノー」の声を上げるべきなのです。怠れば「暴君」の出現を許してしまいます。”
と結んでいます。
“そもそも権力者たちが一生懸命、憲法改正の旗を振っているのも何とも不思議な構図です”
とも指摘しています。まさにそれ。れいわ新撰組が出した談話にある「今ある憲法を守れ。話はそれからだ」は、そのとおりだと思います。
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