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2022年3月10日 (木)

東京大空襲77年

 きょう3月10日は一晩で10万人が殺されたとされる東京大空襲から77年の日でした。この惨禍を繰り返さないという思いが込められた東京大空襲資料展を訪れました。会場は浅草公会堂の1Fギャラリー。広くはないスペースですが、柳条湖事件から始まる日中15年戦争の歴史、東京の空襲の履歴、防空体制と国民統制、学童疎開、焼夷弾とB29の解説、空襲の実態などがパネル展示や実物資料、写真などでコンパクトにまとめられていました。目をそむけたくなるような凄惨な写真も含まれていますが、これが戦争。戦争指導者は絶対安全なところにいて指示するだけで、犠牲になるのは庶民や最前線の兵隊です。

 多くの犠牲が出たのは米軍による焼夷弾攻撃のすさまじさもありますが、パネル展示によれば国民が防空法に縛られていたことも大きいです。防空法により都市からの退避が禁止され、空襲時には消火義務が課せられていました。「逃げるな火を消せ」です。当時の警視総監が後になって「防空演習がかえって犠牲を増やしたのではないか。逃げてくれればこんなに犠牲は増えなかった」と悔やんだといいますが、後の祭りです。

 会場で配布されていたパンフレットを参考に、浅草寺境内に残る空襲の痕跡も見ました。

Asakusa

 本堂の東側にあるご神木です。拡大していただくとよくわかりますが、黒く焼けた跡がはっきり残っています。東京大空襲で浅草寺は本堂も五重塔も雷門も仲見世も焼け落ちました。今日はそんなことがなかったかのように大勢の参拝客でにぎわっていましたが、こうして静かに惨禍を伝えているものもあります。

 資料展に出ていた日中15年戦争の歴史を見ていると、いま進行中のロシアによるウクライナ侵攻と重なります。ウクライナを中華民国に、ウクライナ東部2州を満州に置き換えてみれば。。。即時停戦を求めます。

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