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2022年1月17日 (月)

忘れるものか

 きょう1月17日は阪神淡路大震災から27年でした。休み明けの平日ですが、思えば27年前も成人の日の振替休日の翌日でした(当時の成人の日は1月15日固定)。関東住みの私が朝7時頃に起きて、地震を伝えるNHK総合テレビジョンに映っていたのは電柱が倒れていた映像だったと記憶しています。「派手に倒れてるな」とは思いましたが、いつもどおり出社。まさかあんなことになっているとは、その時点では思いもしませんでした。

 今日、追悼行事が行われた場所の一つである神戸・三宮の東遊園地に灯籠で形作られた文字は「忘」でした。当事者の危機感を表しているように思えました。関西に居たことはあっても震災の直接の当事者ではない私ですが、忘れるものか、という思いです。遠く離れていても、それぐらい衝撃を受けた災害でした。何も語れることはないけど、せめてこうして綴ることだけはしていきたいと思います。私が語れないことは、神戸新聞が伝えています。

 * * *

 14日から開幕した東京国立博物館の特別展「ポンペイ」をきのう16日に見てきました。火山の噴火によって埋もれた都市としてあまりにも有名ですが、展覧会のキャッチコピーは「そこにいた。」でした。出土品などを通して、そこに暮らしていて犠牲になった人々に焦点を当てようとしたものと理解しました。最初の展示物は、うつ伏せで倒れている状態の女性の犠牲者の石膏像でした。その像の型をどうやってとったのか、解説がなかったので技術的なことはわかりませんが、あまりにも衝撃的でした。この展覧会は写真撮影OKなのですが、これだけは撮る気になれませんでした。災害というとどうしても記録に残りやすいハード的な被害に目が行きがちですが、そこに生きていた人がいたということを忘れないようにしたいと思います。

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コメント

毎年の投稿ありがとうございます。今年は東公園の改修やコロナの影響で、もともと追悼行事の規模は小さい予定でしたが、15日のトンガの噴火の影響で、どちらかというと津波を思い出した人が多かったことでしょう。
ところで、津波警報は深夜だったため、車で避難した方が多かったようですが、大渋滞でもし本当に潮位変動が大きかったら危なかったのではないでしょうか。
大渋滞が避難の遅れや、緊急救助車両の通行の妨げになることは、阪神淡路大震災の教訓だったはずなので、特に沿岸部では、夜間の避難訓練も真剣に計画しないといかないと思います。

投稿: ギムリン | 2022年1月19日 (水) 00:47

■ギムリンさん
いらっしゃいませ。
東遊園地は報道写真でみるとずいぶん小さなスペースになっていましたね。
自動車での避難はいろいろと議論があるところのように思います。東日本大震災でも自動車で避難中に渋滞に巻き込まれ津波にのまれたというケースがあったようですし、一般に地震のときには自動車での避難はNGと広報されていますが、沿岸部での津波からの避難の場合は徒歩圏内に高台があればよいですが、遠方だと実質的に自動車に頼らざるを得ないケースもあるようです。夜間の防災対策は言われてみればそのとおりですね。避難訓練や防災訓練は昼間にやってますから、夜ならどうなのか考える必要があると思いました。

投稿: MARU | 2022年1月19日 (水) 23:24

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