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2021年4月26日 (月)

桜木町事故から70年

 きのう4月25日は福知山線脱線事故から16年の日でしたが、その前日の24日は桜木町事故から70年でした。この70年前の事故がニュースで取り上げられたのが福知山線脱線事故のときで、死者が107人となったことで「桜木町事故の106人を上回った」と報じられたのを覚えています。

 桜木町事故は架線工事のミスに端を発した列車火災事故で、さまざまな要因が重なり合ったことで被害が拡大したものですが、中でも車両の構造が被害を大きくしたとされています。炎上した63型電車は物資不足の戦争末期に、戦争に勝つまでもてばいいという考え方で資材を節約して設計された車両。「戦時設計」と言ったそうですが、要は金属類をとことんケチったのです。電気系統の絶縁が悪く車体に木材をふんだんに使ったことで可燃性が高かったことから、あっという間に火が回ったとされています。非常用ドアコックはあったものの乗客には知らされていなかったり、窓の開口部が狭かったり連結部の貫通路がなかったりで乗客が燃える車両から脱出できず、大惨事になりました。

 戦時設計というと戦争中に製造された車両のようなイメージになりますが、実際には戦争末期はそんな車両すらまともに製造することができず、皮肉なことに戦争に負けた後になって、戦災で失った車両を補充するため大量に製造されています。そして「勝つまでもてばいい」はずだった車両が戦後6年たっても国電の主力として走っていたのです。それが被害拡大の一因だとすれば、いってみれば事故の犠牲者は戦争の犠牲者のようにも思えます。やはり平和は大切です。

 もっとも、可燃性の高さは戦前の「標準設計」の車両もそんなに変わらないという話もあり、すべて63型電車が悪いとは言い切れない面もあるようです。非常用ドアコックの扱いや連結部の貫通路が無かったことも、当時の国電の共通仕様でした。この事故を教訓に国電車両の改善が行われました。

 印象の悪い63型電車ですが、この電車が採用した長さ20mで4ドア、ロングシートという仕様はラッシュ輸送向けの決定版として現在も通勤電車のスタンダードであり続けています。良くも悪くも大きな影響を与えた車両ということができるのかもしれません。

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