すごいニッポン、すごくないニッポン
東京・上野の国立科学博物館で開催されている企画展「日本を変えた千の技術博」に行ってきました。明治150年記念と銘打たれ、日本が作りだしてきた「すごいもの」が所狭しと並んでいます。
展示は多岐にわたるのですが、ラジオ好きの私としては無線通信関係を少しだけ紹介。
これは何かというと「TYK式無線.電話機」で、世界で最初に実用化された無線電話とされています。離島と本土の間の電話として利用されたそうです。なにがすごいって、完成したのが1914年。この頃はまだ真空管が誕生しておらず、無線通信といえばマルコーニ以来の火花式送信機で電信(トン・ツー)という時代です。2年前にかの有名なタイタニック号遭難事故があったといえば、どんな時代かわかろうというもの。ただし、真空管なしのセットなので感度はかなり悪かった・・つまり聞こえにくかったみたいです。
こちらはみなさんご存じのテレビアンテナとして広く普及することになった八木宇田アンテナ。テレビアンテナといえば世界中どこに行ってもこのタイプです。おそらく日本の発明品でこれだけ人々の生活に目に触れる形で使われているものはないと思うのですが、このことを知らない人が大部分なんですよねえ。残念。
そもそも、発明当時も日本では全く注目されず、1926年に得た特許権も消滅したのだとか。このアンテナの扱う周波数が超短波とか極超短波という当時まったく使われていなかった周波数帯だったためなんでしょうね。プロの通信が長波から中波どまり。短波は利用価値がないとされアマチュアが細々と使っていた時代に、先を行きすぎたのかもしれません。ところが欧米ではこのアンテナの特徴である鋭い指向性(一方向の電波だけを受発信する性能)が注目され、第二次大戦のときレーダーのアンテナとして使われます。日本軍が英軍から捕獲したレーダーにYAGI arraysとあるのを見て「これは何だ」と捕虜に尋問したところ「あなたは日本人なのにYAGIを知らないのか」と驚かれたとか。
もう一つ

これはマグネトロンという真空管の一種(1927年)。極超短波の電波を安定的に作り出すことができるもので、世界に先駆けて成功したそうです。展示品のそばには「マグネトロンなくして電子レンジなし!」というキャッチコピーが添えられていたのですが、これ、第二次大戦のときにレーダーの心臓部として使われたのです。つまり、日本はレーダーの核となる技術をを2つもいち早く手にしていたのに、敗戦までに実用的なレーダーとして完成することはなかったという。。。すごくないニッポン。
もちろん、すごいものも数多くありますが、一方ですごくないこともあるるわけで、歴史は冷静に見るものだなあとつくづく思った企画展でした。
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