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2012年10月 1日 (月)

大東京の誕生80年

 きょう10月1日は、東京特別区の多くで「区制施行80年」の記念日でした。
 というのも、1932年10月1日、それまで15区だった東京市が、周辺の郡部を東京市に編入して新たに20区を設置し35区体制になったためで、このとき設置された区の多くが揃って80周年を迎えた、というわけです。
 ただし戦後に23区に整理されたときに、“生粋の区”と“新参の区”が統合されたケースもあり、そういうところは80周年を打ち出していません。
 (例:深川区+城東区(1932年組)⇒江東区)

 最初の15区は今で言うとJR山手線の内側を中心に隅田川を挟んだ本所・深川地区まででしたが、市域拡張により現在の東京23区と同じ範囲になり、「大東京」と言われたそうです。

 で、実はこの大東京になるまでの数年間、日本最大の都市を誇ったのが大阪市なんですね。
 大阪市は東京市に先立つこと7年前の1925年、第二次市域拡張で周辺郡部を編入して人口が東京市を上回り「大大阪」と呼ばれます。このころは大通りに近代建築が立ち並び、新たな目抜き通りとなった御堂筋を建設したりと社会基盤の整備が進むなど、戦前のモダン大阪が形作られた黄金時代だったようです。今でもご年配の大阪出身の方はこの大大阪時代を懐かしむ人がいるとかいないとか。そういえば大阪歴史博物館の展示もこの時代は力が入ってましたね(微笑)。
 ただ、このころの東京市はというと、1923年の関東大震災で市内が大きな被害を受け、被災した住民が郊外の郡部に移り住んでいった時期であり、市域を拡張した大阪市が人口で上回るのはある意味当然なわけで。「大東京」の成立で再び東京市の人口が大阪市を上回ります。

 1943年には府市統合により東京都制が施行されて東京市は消滅、旧市内は都の直轄(内部団体)となり現行の特別区となっていきますが、特別区では長年、都に対し市並みの権限の拡大を求めています。大阪でも府市統合の話が出ているようですが、現在の東京特別区も区側から見たときは必ずしも理想的とは言えないことは理解しておくべきでしょう。43年の都制施行も、名目は「府市による二重行政の解消」となっていますが、思想・言論統制の厳しい太平洋戦争真っ只中に行われたことも記憶にとどめておいたほうがよいでしょうね。

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