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2012年5月28日 (月)

川村龍一さん逝く

 5月27日付の朝刊。川村龍一さんが個人事務所で亡くなっているのが見つかったという記事に驚きました。

 私が短い関西暮らしをしていたころ、朝の目覚まし代わりはMBS毎日放送ラジオの「おはよう川村龍一です」でした。「トラ勝ちネコ負け」のコーナー以外、今となってはどんな放送内容だったか思い出せませんが、落ち着いた声と軽妙な語り口は覚えています。番組の終りの時間近く(歌のない歌謡曲だったかな?)が出勤のために部屋を出る時間で、電車に乗ってからはポケットラジオで8時からの「ありがとう浜村純です」を聞くのが定番でした。

 95年の阪神淡路大震災の当日、川村さんは番組内で阪神間の被災状況をいち早くレポートしています。といってもこのとき私は関西を離れていて、実際にラジオを聞いていたわけではありません。しかし、後に刊行された「阪神大震災の被災者にラジオ放送は何ができたか」に綴られていた克明な放送内容の書き起こしを読んで、後から知ることが出来ました。ですから、感覚的には「聞いたつもり」なのです。

 川村さんは当時芦屋在住で、近所では多数の家屋が倒壊したものの自宅は被害を免れたそうです(被害の出る出ないの境目あたりだったらしい)。車で大阪のスタジオへ向かうものの、6時半の放送開始に間に合わない。そこで当時まだ珍しかった自動車電話をスタジオにつないで電話出演し、車で移動しながら目に飛び込んできた状況を逐一レポートしたのです。阪神高速道路の崩落もこの中で伝えています。
 スタジオに入ってからも、警察発表の被害情報を読みながら「こんなもんじゃない!」と付け加えたり、道中見てきたことを踏まえて、いま何が起きているのか伝えようとしています。

 6時半といえば震災の状況がよくわかっていない段階であり、そんな中、機転を利かせて芦屋から大阪までの被災状況をいち早くレポートした川村さんの放送は賞賛に値するでしょう。実際、のちにギャラクシー賞ラジオ部門DJパーソナリティ賞を受賞しています。


 実はMBSラジオの震災報道は、初期段階では大きく出遅れています。朝5時から6時半まで、すなわち地震が起きた時間は東京からの全国ネット番組「榎さんのおはようさん」を放送しており、番組内で地震の速報は出たものの、MBSからの情報発信は番組内の短いローカルニュース枠で各地の震度を読み上げたぐらいでした。
 しかし、6時半からの川村さんの放送は、その出遅れを補って余りある内容であったと思います。あくまで私は紙上でしか知らないですけれども。


 川村さんのご冥福をお祈りします。合掌。

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