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2007年8月 3日 (金)

阿久悠さん逝く

 すでに各種報道でご案内のとおり、作詞家の阿久悠さんが永眠されました。実のところをいうと私、曲について作曲家や作詞家のことを意識するようになったのは割と最近のことなのですが、あらためて見ると本当に多くのヒット曲を生み出しているんですね。あの曲も、この曲もそうだったのか・・・。

 当店で推している河合奈保子さんや尾崎亜美さんとの接点はないのですが、やはり当店で推しているバラードコンピ「名曲発掘!ジュエル・バラッズ」に収録されている「美し都~がんばろやWe Love KOBE」は阿久さんの作詞です。阪神淡路大震災の復興チャリティーソングとして神戸出身の平松愛理さんが作曲し歌っていますが、自らの作詞ではなく淡路出身の阿久さんが詞を書いているというところが愛理さんの作品としては大変に珍しいというか貴重な存在になってます。
 詞の全文はこちらで紹介していますが、震災のしんどい情景には触れず、震災前の美しく楽しい街を活写してそれを取り戻そうとエールを送っており、ぱっと見はシンプルながら街への慈しみが感じられるように思います。

 そして個人的には、ソワレさんつながりで知ることになった渚ようこさん(京都ソングが有名な渚ゆう子さんではありません)のことにも触れておきたいなと。心に響く歌謡曲を歌うようこさんを阿久さんは高く評価していたようで、今こそ平成歌謡曲を!ということで『渚ようこ meets 阿久悠 ふるえて眠る子守歌』というミニアルバムで全曲の詞を提供したりしていました。この8月には阿久さんが詞を書いた作品を収録したアルバムが発売予定になっていて、これが遺作なのかもしれません。最後の最後まで、「歌謡曲」に執念を燃やしていたのだなあと思います。

謹んでご冥福をお祈りします。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

金曜の夜のNHK特集を見ていたのですが、本当に一緒に口ずさめる歌ばかりで、70-80年代に歌番組を見ていた世代には、昨年の宮川泰さんの訃報よりもインパクトは大きいと思います。
私は、PL→岩崎宏美という流れですので、阿久先生は、作詞家というより、スタ誕の"厳つい顔の"審査員で、ある意味「スタ誕学校」の教頭先生というようなイメージが強いです。ミー・ケイ・ヒロリンのコメントを聞いていても、親とは言いませんが、大きな師を失った喪失感は計り知れません。
奈保子さんとは、直接のつながりはないですが、秀樹さんも阿久先生の作品を沢山歌っているので、お兄さんの学校の先生、位のつながりということで・・・

投稿: ギムリン | 2007年8月 5日 (日) 07:56

■ギムリンさん
私も3日夜の「プライム10」は録画して見ました。時代的には私のど真ん中のちょっと前が多いのですが、それでもほどんど歌えました。
私は「スター誕生」を見た記憶がまるで無くて(たぶんチャンネル選択権のあった父の好みではなかったのだと思う)そういう点では身近に感じてなかったのですが、かかわった方、見出された方にとっては大きな存在だったのでしょうね。
明けて明日のNHK-FM「ミュージックプラザ第2部ポップス」でも急遽追悼特集が組まれるようです。

投稿: MARU | 2007年8月 5日 (日) 23:59

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» あの曲もこの曲も・・・老若男女を問わず口ずさんでいた歌謡曲の数々 [ば○こう○ちの納得いかないコーナー]
作詞家にして作家でも在る阿久悠氏が一昨日、尿管癌で70歳の人生に幕を閉じられた。20世紀を代表する天才的な作詞家の死はとても残念で、昨日の内に記事にするには心の整理が付かなかった。「ミュージック」なんていうこ洒落た言い回しでは無く、世の中の出来事がビビッドに曲や詩に反映されていた「歌謡曲」の時代。そしてヒット・チャートに入った曲の殆ど全てが、老若男女を問わず口ずさめていた「昭和歌謡曲」の時代を牽引していた偉大な作詞家の一人が阿久氏だったと断言出来る。彼が手掛けた作品は枚挙に遑が無く、思い出に残る作品... [続きを読む]

受信: 2007年8月 3日 (金) 02:52

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