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2005年3月31日 (木)

名鉄岐阜600V線区の廃止に寄せて

弔辞

 94年の長きにわたり走り続けてきた名鉄岐阜600V線区よ。四面楚歌の中よく耐えて走ってきた。どうぞ安らかにお眠りください。
 
 あなたはこの30年ほど、本当に愛されていなかった。
 岐阜市会には「名鉄は早く岐阜の電車を撤去すべき」と決議された。
 乗客の安全を確保するために停留所に安全島を作りたいと警察に頼んでも拒否された。乗客は道の真ん中の、なんらの安全対策もなされていないペンキ書きの停留所で、クルマの流れを縫うようにして電車に乗り降りしなければならなかった。
 道交法の本則である軌道敷内自動車通行禁止の適用も断られた。ラッシュ時にあなたのゆく手は、軌道に割り込んだクルマの列に阻まれた。
 
 自治体からも警察からも見放され、ついに沿線住民にも見放さて旅客数は減り続けた。それでもあなたは、企業努力で積極的に新車を投入して近代化を図った。美濃町線では、世界の潮流にあわせ部分超低床車両も導入した。でも限界だった。車両が良くても停留所などの環境が悪すぎた。もう一企業の努力ではどうにもならない。
 
 あなたはもう余命いくばくもないことを悟り、美濃町線では昼間の運転数を一気に半分に減らした。30分毎の運転ではとても都市圏の電車とは言えない。もう電車は終わりだと印象づけたかったに違いない。
 
 あなたがやめると言い出して、岐阜市が存続に向けての検討をした。驚いた。早くやめて欲しいと言っていた張本人が、今更何だというのだ。結論は見えていた。財政負担が出来ないといって、結局存続を断念した。企業が赤字だからやめるといっているのに、財政出動の覚悟もなく存続を検討するなんて笑い話にしかならない。本気で地域公共交通の有り方を考えようとしていたとは到底思えない。市民の中には、財政出動はけしからんと存続反対の活動をするグループさえあった。わずかに残った利用者を除いて、あなたは最後の最後まで愛されていなかった。
 
 3月20日、臨終間際のあなたを見舞いに行った。痛々しかった。中部国際空港の開業に合わせて名鉄本線の「新岐阜駅」は「名鉄岐阜駅」に改称されたのに、あなたの停留所は「新岐阜駅前」のままだった。本線に乗り入れる美濃町線の電車の行先表示は、新岐阜の「新」を白ペンキで塗りつぶしただけで、車内放送テープは新岐阜のままだった。車内はカメラを抱えた鉄道ファンこそ多かったが、地元の乗客は決して多いとはいえなかった。
 
 あなたはもしかしたら延命できたかもしれない。でも、愛されていないあなたが生きながらえても、それは苦痛でしかない。それに岐阜は電車のない、クルマ優先の街となることを自らの意思で選んだのだ。よそ者の私に何が言えようか。廃止が残念だなんて言うまい。これでよかったのだ。さらば、名鉄岐阜600V線区よ。
 
 ☆
 
※名鉄岐阜600V線区:
  岐阜市内線、揖斐線、美濃町線、田神線

名鉄岐阜600V線区って何?という方はこちらが参考になります。
 惜別 名鉄岐阜600V線区
  ~「Kaz-Tの鉄道趣味で今日も行く」

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2005年3月29日 (火)

おもてなし。@東京

 昨夜(3月28日)は尾崎亜美コンサート2005「おもてなし。」の東京公演に行ってきました。
 場所は天王洲アートスフィア。このホール、馬蹄形をしていて3階席まで設けられており、欧州の劇場を思わせる作りです。そしてホールとしては舞台との距離が近い!収容数よりも舞台と客席の一体感を優先しているようです。(ちなみに1階は600席弱)。私は中ほど右端だったのですが、顔も良く見えました。ただ残念なことに、ピアノを弾いているときは、ピアノの蓋に邪魔されて口元しか見えませんでしたが(笑)

 ステージの内容は2月の鎌倉3月の京都とほぼ同様ですが(ツアーなんだから当たり前か)てんこ盛りの内容で素敵な楽しいステージを披露してくれました。相変わらずトークでも笑わせてくれます。これも楽しみのひとつなんですよね。

 さて会場の客層はと見ると割りと年齢高め。そのせいなのか場内は割と静かなスタート。手拍子もアップテンポのPOPな曲ではきちんと出ていて反応は良いのですが、演奏音量が大きいのかそれほど目立たない感じです。
 でも長年のファンの方も多かったようで、椅子に座ったまま体を揺らして(踊って?)いる人も結構いたんですね。それに気がついた亜美さん、MCで「立ちたくなったら立って踊っていいんですよ」と・・・。

 それを受けて直後の曲では客席前方を中心にボツボツ立ち始め、私も一つおいて左隣の女性2人組が立ったのに呼応して起立(笑)。亜美さんのコンサートでは初のスタンディング体験になりました。(平松愛理さんのコンサートでは体験済) このとき立ったのは見た限り30人足らずで、亜美さん曰く「まばら立ち」状態。しかしアンコールでは、1曲目が超有名曲ということもあって、あれよあれよと立ち始め、ついにほぼ総立ちに。まあ、中には「前が立ったんじゃ見えないから立つか」という人もいるんでしょうけどね。(^^;
 ちなみに私ですが、2度目のスタンディングは遅れてなるものかとイントロですぐに(笑)

 いやー、総立ちって盛り上がるし、自分も楽しいですね。なにか一体感が生まれたようで。亜美さんもいつもより大きめのアクションでキーボードを弾いてましたし、ギターの是永巧一さんもずいぶん乗って熱のこもった演奏を披露。最後は声援も飛び交って大いに盛り上がりました。観客がアクションを示せばさらに良いパフォーマンスを見せてくれるということは次回以降の参考(笑)にします。

 残念ながら亜美さんのコンサートツアーは東京公演で一応の締めですが、来るべき満30年にむけてどんな企画が出てくるか楽しみです。あ、言うまでもなく奈保子さんの満25年関連モノ企画も何か出ないかなあと期待してますが、さてどうなりますか・・・。

 ☆

長年のファンのレポが出ています。総立ちは久しぶりなんだそうで。

 背中押されて
  ~「今日のひとネタ in 午前零時の旋律/太陽別館」

そのほかにもレポのあるブログをご紹介。開演前にちょっと嬉しいハプニングがあった模様。

 幸せな夜
  ~「パンダの日常」

(2005.4.18発見追加)
久しぶりに観てまた一段と好きになってしまったという方も

 尾崎亜美ライブ
  ~「ガチムっち 日々精進」

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2005年3月27日 (日)

決心

 わたくし、思うところがあってこのたび尾崎亜美さんのファン宣言をすることに致しました。

 思えば昨年2月1日、初めて亜美さんのコンサートへ行き、生の歌唱の良さに感じ入った訳ですが、そのときは「見聞を広める」という意味合いが強かったのです。でも、やはりあのステージをもう一度体験したいという思いで何度もコンサートへ足を運ぶうちに、「ああ、自分は亜美さんが好きなんだなあ」と思うようになってきて・・・。そして先週のバースデーライブで、これはファンになったに違いないと確信するに至りました。
 まあ、あらためてファン宣言するほどのものではないのかもしれませんが、この雑記帖のネタも亜美さんに絡めたものが増えてますし、宣言しておいたほうが気が楽かと(^^;
 それに、好きなものは好きと言いたいですから。それは素晴らしいことだと思うのです。

 ただ、亜美さんのファン宣言をしたからといって、これまでの河合奈保子さんのファンとしての立場はいささかも変わるものではありません。私にとって奈保子さんは本籍あるいは故郷のようなもの。そもそも、亜美さんに興味を持つようになったのも「Birthday Night」や「微風のメロディー」がきっかけですし。なにより奈保子さんをきっかけに音楽を沢山聴くようになったわけでして。そんなわけですから、奈保子さんのアーティストとしての魅力を伝えていくお手伝いもより一層力を入れていけたらと思います。なかなか文章書くのが難しいですが(^^;

 この雑記帖は亜美さん関係の記事が増えていくと思いますが、そういうことですのでどうぞご理解ください。たとえ卑怯者と思われても、もう引き返しません。決心です。

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2005年3月22日 (火)

ラジオ誕生80年

 きょう3月22日は日本でラジオ放送が開始されて80年。去年は「放送記念日」という記事で「どうも影が薄い」などと書いていたのですが、さすがに今年はメモリアルということで19日からNHKがラジオとテレビで特別放送を編成しており、一般の方の認知も高まったことと思います。

 面白そうな記念番組は片っ端から録音していますが、貴重な音源の数々が聞けて面白いですね。高齢化の進む日本の深夜放送をリードする(笑)「ラジオ深夜便」も一部時間帯で総合テレビと同時放送されていて、ラジオスタジオの様子が見えて興味深かったです。初めて斉藤安弘さん(元ニッポン放送アナウンサー)のお姿を見ることができたのが私にとっては貴重だったり。愛川欽也さんはNHKとかラジオ深夜便とか関係なくいつもどおりのマシンガントークをされていてこれまた面白かったです。

 さて、NHKといえば受信料不払い問題の拡大に伴い、一部では罰則の導入も必要ではないかという議論が出ているようです。世知辛い世の中だなあと思いますが、実はラジオ放送開始当時、許可なくラジオを聴くと刑罰が課せられていたということなんですね。
 この刑罰は受信契約をしていないとか受信料(当時は聴取料)を払っていないということとは別に「国に無断でラジオを取り付ける」ことを対象としたもの。嘘のような話ですが、ちゃんと監督官庁の警告ポスターも残っています。
 
 ラヂオ
 取り付ける前に
 先づ許可をお受けください
 無届で聴かれますと
 一年以下の懲役または
 千円以下の罰金に処せられます

 すごいですね、昭和初期の千円は大金ですし懲役刑まで準備されていますから結構重罪扱いです。しかし、ポスターが出来るぐらいですから実際には無届で聴いていた方が大勢いた模様です。でもどうやって摘発したんでしょうか?
 なんでこんな扱いになっていたかということですが、どうも当時は家のラジオも無線局の扱いになっていたようです。私も随分昔に放送博物館で見たことがあるのですが「聴取無線電話局許可書」(記憶不確か)なるものが残されています。電波を出す装置ではないラジオを無線局の扱いにした理由はわかりませんが、もしやスパイ行為を恐れてだったりして(笑)。

 なお、現行の電波法では総務大臣の許可を受けずに無線局を開設し、又は運用した場合、1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられますのでどうぞご注意を。もちろん単なるラジオは無線局にはなりませんが。

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2005年3月21日 (月)

バースデーライブ

 河合奈保子さんは83年から88年にかけて計6回、よみうりランドイーストでバースデーコンサートを開催していますが、後追いファンである私はもちろん行ったことがありません。
 だから、というわけでもないですが、3月19日にバースデーライブに行ってきました、尾崎亜美さんの。。。
 場所は京都・四条寺町のライブハウス都雅都雅。私にとっては大遠征なのですが、ちょうど冬の非公開文化財特別観覧の時期でもあり、観光とセットでちょうど良いかなあということで出かけた次第。

 京都といえば亜美さんのふるさと。地元で迎える誕生日のライブとなると何か特別な感じになるかなと思って出掛けたわけでありますが、最初のうちは拍子抜けするほど静か。会場はほぼ満員で100人程度いたんですが・・・。亜美さんもMCで「こんなに人がいるのに、みんな気配を殺すのがうまいね(笑)」というほど。とはいえ、亜美さんにあわせて歌詞を口パクで口ずさんでいる人も多かったし(実は私もそう)、拍手は大きいし、ポップな曲では自然と手拍子が沸きあがるし、トークでも笑いがしっかり出てるし(^^)、ということでなかなか良い反応だったのではないかと思います。一般的なイメージの盛り上がりというよりは、「この時間・空間を共有できている喜び」に浸っているという感じでしょうか。後半は声も掛かってましたが、亜美さんは客席から声が掛かるとMCを脱線してでも律儀に反応してくださいますので(笑)もうちょっと積極的でも良かったのかなとは思います。

 ステージはしっとり系の曲からハッスル系の曲までてんこもりの内容で2時間以上と聴き応えたっぷり。亜美さんのバースデーなのだからこちらがお祝いする立場なのに、やっぱり「おもてなし。」されてしまいました。
 でもね、亜美さんも何か特別な感慨があったようで、アンコールでは感極まった場面も。私、有料のコンサートは5回目ですが、もちろんこんな場面は初めてでした。でもさすがプロですよね、大崩れせず、すぐに体制を立て直して歌いきってました。

 ちなみに亜美さんは今年、年女です。あ、そこのあなた、別に計算せんでええよ(笑)

 ☆

 会場にいらした、亜美さんと同じ誕生日の方が、ライブの様子やご自身の想いを綴っておられます。やはり長年のファンの方は私より感慨深いようですね。当然か(笑)
  2005年3月19日。
  ~「お化粧落としてクールダウン」さん

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2005年3月17日 (木)

「奈保子はアーティスト」地味に協賛中

 当店リンクサイトの「T2U音楽研究所」では、このところ『「奈保子はアーティスト」広報活動』が活発になっていて、後追いファンの私としては読んでいて「ああ、そうだったのか」と思うこともしばしばです。
(トップページから『「T」の仕事部屋』をご覧ください)
 私なんかは河合奈保子さんの魅力を言葉で伝えるのに四苦八苦しているのですが(笑)、こちらのサイトでは「例えばこんなテーマのコンピを作ったら」ということで楽曲を選定してコメントを付けられており、理解の一助とされております。最終的には楽曲を聴いて良さを実感していただきたいですから、こうした構成はたいへん参考になりますね。

 で、かく言う当店も本館で
『河合奈保子はアーティスト』の広報・啓蒙運動に賛同しています
と宣言しているわけですが、具体的なこととなるとなかなか思うようなものが書けないものです。とりあえずT2U音楽研究所に協賛して取り上げられた仮想コンピに連動した歌詞の掲載をしたりしてますが、いかんせんやってることが地味すぎますね(笑)。でも、派手でなくても、少しずつでも広報啓蒙ができたらいいなと思います。

 そんななか、奈保子さんの歌唱の良さ、楽曲の良さにもきちんと言及されているサイトを見つけると嬉しくなりますね。

 「MSG、河合奈保子、RAINBOW、David Bowieほか」
                  (MR. GT さん)

 これを機に、更にグレードアップした歌唱がわかる「ベスト・セレクションII」も聴いていただければさらに嬉しいですね。あ、でも奈保子さんのデビューは80年ですから・・・(微笑)

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2005年3月12日 (土)

西高東低

 天気図の話ではありません。今月に入ってから、河合奈保子さん出演のドラマ再放送が近畿地区で相次いでいます。
 3/1 13:00~14:55
  テレビ大阪 「死を運ぶ新特急谷川7号」
 3/9 13:00~14:55
  テレビ大阪 「南紀白浜振子電車殺人事件」
さらに今後は
 3/24 9:30~11:30
  朝日放送 「L特急あさま信濃路殺人事件」
が放映予定。関東在住の私としては羨ましい限りです。
 そういえば2003年、2004年ともにドラマ再放送は西日本で多かったですね。どうしてなんでしょう。まあ、テレビ局の編成方針とかいろいろあるのでしょうが・・・。関東のテレビ各局はだんだん再放送枠が少なくなってきており、再放送の可能性が比較的高いと思われるテレビ朝日にしてもゴールデンタイムの編成に連動した形での再放送(シリーズものドラマの新作が放送されるとその過去の作品)が多くなっていて、ちょっと残念な感じです。
 ところで今月の大阪での再放送のうち2本はテレビ大阪で放映されています。元々は朝日系列制作だったはずですが、購入したんでしょうか。そういえばテレビ東京でも他局の過去の作品が流れたりします。TXN系列侮りがたし。

 あ、そういうわけで私は関東在住ですから、他の地域のテレビ放映情報には疎いです。本館トップページには確認できた範囲の情報は出していますが網羅しきれていませんのでご了承のほどを。もちろん、お便りで情報をいただければ確認次第掲載致します。

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2005年3月 9日 (水)

60年前の今夜

 そう、今夜はいわゆる東京大空襲から60年。あの夜、東京浅草区、本所区、深川区、城東区などの下町一帯は低空侵入した米軍機が撒いた1700トンもの焼夷弾によってほぼ全域が炎上し、10万人以上の住民が犠牲になったと言われています。

 通常兵器による攻撃としては未だこれを上回るものが無いとも言われている東京大空襲ですが、ヒロシマ・ナガサキに比べると驚くほど知られていない、伝えられていないという現実があります。原爆を描いた書物や映画は多くありますが、東京大空襲となると・・・。

 そんな状況を憂いて、東京大空襲を記録する会の早乙女勝元さんが映画制作に乗り出し完成したのが「戦争と青春」(監督/今井正、主演/工藤夕貴)。たしか91年頃だったと思います。私も当時下町在住でしたので「見ておかなければ」という思いがあり、都合2回ほど映画館で見ました。全体の筋立ては現代の高校生が夏休みの課題で東京大空襲を調べるというもので、空襲は体験者の回想シーンとして描いています。超低空から容赦なく焼夷弾を落とす米軍機。逃げ場を失う住民。翌朝の焼死体の山。そうした空襲の実態とともに、自分は生きのびたものの我が子を救えなかったと苦悩するなど、後々まで人々を苦しめるということに深く考えさせれられた映画でした。この映画は不足する制作費を市民から1口10万円の出資金を募って補いましたが、エンドロールで出資した方の名前がすべて紹介されています。東京を中心に非常にたくさんの方が出資されていて「伝えたい」という思いがひしひしと感じられたのを覚えています。
 
 今年、テレビで東京大空襲を取り上げている特番は6日夜のNHKスペシャルぐらいでしょうか。再現映像こそ無いものの体験者の語る証言はかなり衝撃的でした。そして米側の証言。当時の作戦の総括は「この空襲によって戦意の喪失をもたらし、人的被害と人口の流出は軍需生産に打撃を与えるはず」というもの。東京大空襲は非戦闘員が犠牲になったのですが、米側は軍需生産を通して戦争に加担しているとみなしたということなんでしょう。戦争状態では戦闘員、非戦闘員といった区別などない、それが戦争の本質なんだと思いました。
 
 何の体験もない私ですが、このことは風化させたくない。そういう思いで、ちょっと重い話ですがこの夜に取り上げてみました。

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2005年3月 6日 (日)

『Eternal Ballads』の素敵なストーリー

 私が個人的に推しているバラードコンピ「Eternal Ballads」について、ひらりんさんがご自身のブログ「こころもよう」で収録曲にあわせたショートストーリーと一口解説を綴っておられます。少しずつ書き溜めておられたのですが、このたびついに完結となりました。

Eternal Ballads に寄せて 第1章
 難破船/木枯しに抱かれて/恋一夜/好きにならずにいられない
Eternal Ballads に寄せて 第2章
 リンダ/部屋とYシャツと私/愛・おぼえていますか/ハーフムーン・セレナーデ
Eternal Ballads に寄せて 第3章
 DEAR~コバルトの彼方へ/Love Letter/時に愛は
Eternal Ballads に寄せて 最終章
 カボシャール/窓/シルエット・ロマンス/聖母たちのララバイ

 12月からずっと楽しみに読んでいたのですが、各曲のイメージをうまく描写した素敵な文章で、このままCDの歌詞カードに載せても良いのではないかと思うほどです。これを読みながらエタバラ(Eternal Ballads)を聴くとまた味わいが深くなることと思います。

 うーん、私にはこういう文章は書けません(笑)。ってことでせめて紹介だけさせていただきました。ひらりんさん、ありがとうございます。

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2005年3月 4日 (金)

深夜のテレビで奈保子さんの曲が

 3月2日の夜、何気なくNHKのホームページで番組表を見ていたら、2日と3日の深夜帯に「ミュージックボックス」という番組があるのを発見。各日とも30分番組の2本立てで、2日のサブタイトルが「1980年邦楽」「1981年邦楽」、3日のサブタイトルが「1982年邦楽」「1983年邦楽」となっていました。で、もしやと思って録画しておいたのを再生してみたら・・・、流れてましたよ河合奈保子さんの曲が!1982年の中で「夏のヒロイン」が流れておりました。ちょっぴり嬉しい(^^)

 ちょっぴり、というのは、残念ながら奈保子さんの映像は流れていないんですよね。映像は当時のニュースフィルム?でして、これと言った番組のない深夜帯の穴埋めとしてフィルムに音楽を重ねて流しているという趣きです。ちなみに「夏のヒロイン」の時に流れていた映像は「急行南アルプス号」で夏山へ向かうハイカーの様子だったりキャンプの様子だったり。いちおう季節は合っているのですが、曲から連想される情景は夏の砂浜なのでちょっと違うかなあ(笑)
 でもまあ、何にしても地上放送で奈保子さんの曲が流れるというのは喜ばしいことです。例え視聴数の少ない時間帯であったとしても。

せっかくですので1982年で流れた曲目を紹介しておきます

 セカンド・ラブ/中森明菜
 すみれ September Love/一風堂
 聖母たちのララバイ/岩崎宏美
 約束/渡辺徹
 夏のヒロイン/河合奈保子
 バカンスはいつも雨/杉真理
 赤道小町ドキッ/山下久美子

結構なヒット曲に伍して「夏のヒロイン」が流れてますが、さすが「紅白歌合戦」エントリー曲の貫禄でしょうか(笑)

☆追記(5/8)

あかねさんのかぶと虫」さんでもご覧になったようでレポが出ています

☆更に追記(5/11)

どうやら見てる方が結構いらっしゃるようで、K’z ROOM...NAKEDさんでもレポが出ています

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2005年3月 1日 (火)

奈保子さんの代表曲は

 本館の「お便り広場」に掲載した匿名希望さんからいただいたお便り(2月19日「奈保子さんの人物像は」)で、河合奈保子さんの代表曲についてちょこっと触れられていたので、自分なりに思うことを本館の「談話室」(13号室)にアップしました。
 まあ、後追いファンの戯言ですから、長年のファンの方にとってみれば色々言いたくなる内容かもしれませんが、ご意見などありましたらお便りをいただければと思います。ただ、今回アップしたのはあくまで自分なりに思うことを綴っただけであって、これによって「奈保子さんの代表曲を確定させよう」などという大それた意図はございません。どうぞ、単なる読み物として読んでいただければ幸いです(笑)。

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