« 2004年12月 | トップページ | 2005年2月 »

2005年1月30日 (日)

ヴァイオリンとアコーディオンのコンサートは如何?

 タツノコ座のヴァイオリン奏者であるカジカさんのコンサートが催されますので告知します。

「蛇腹弦楽の夜」ディナー付コンサート

2005年2月10日(木) 18:30~(予定)

出演:カジカ(ヴァイオリン)、坂本光世(アコーディオン)
場所:東京・代官山 OLD IMARI
  (有田焼のギャラリーレストランです)
料金:6,000円(食事、飲み物代含む)
要予約

フライヤーはこちら
20050210

 食事を楽しんでからコンサートということですので、いわゆるディナーショーと同じ流れですね。お店の雰囲気はなかなか良いそうです。「蛇腹弦楽って何?」というかたは、昨年12月に東京・高円寺で催された様子を参考にどうぞ。私は・・・残念ながら距離と日程の関係で苦しそうです(^^; お近くの方はぜひどうぞ。ヴァイオリンとアコーディオンの組み合わせはなかなか良いですよ。

| | トラックバック (0)

2005年1月28日 (金)

心無い書き込みへの対処

 このところ、老舗の奈保子ファンサイトのBBSに心無い書き込みが相次ぎ、その対応をめぐっての意見も交わされたりしておりました。
 心無い書き込み、いわゆる「荒らし」については、その行為をたしなめるような言動も含めて一切の反応をせず、まるでその書き込みが見えていないかのように淡々と通常の書き込みを続けるのが良いと言われているようです。私も基本的にはその通りだと思います。荒らしに限らず、インターネットサイトにおける書き手というのは読み手の反応を期待して書いているものです。サイト運営者(管理者)の私にしても、お便りをいただけたら嬉しいし、1ヶ月ぐらいなんにも反応が無かったりすると寂しくなってきます。
 ですから荒らしがあっても無視して反応しない、というのは原則でしょうが、「BBSが管理人によって随時メンテナンスされている」という前提があってのもの、という気もしています。多少のタイムラグが発生するにせよ、管理人が随時バッサリ斬ってしまう。その前提がないと安心して?無視できないと思います。単にほったらかしにしてしまうと「落書きの横にまた落書き」と同じ現象を招きかねないですし、そもそも正視に耐えない文面は存在しているだけで嫌な気分になりますから。BBSには管理人が積極的に顔を出すサイトとそうでないサイトの2通りありますが、どちらにしても荒らしには出来る限り早い目に適切に対処していただくのが大前提ではないかと思います。とはいえ法秩序を乱したり公序良俗に反するようなものは問答無用で切れますが、ファンにとって不快感があるというだけですと線引きが難しいですね。あまり切りすぎると好意的でない論評もできなくなる懸念も出てくるわけですが、これはもう管理人の主観で運営していくしかないでしょう。BBSの交通整理はNHK的に言えば「編集権の範囲」ですから(笑)。

 では「お前のところはどうしているか」ってなるわけですが、これはもう説明するまでもなくウチはお便りコミュニケーション制ですので荒らしが発生しませんから~。残念! というより、私の場合荒らしに対して出来る限り早い目に適切に対処する自信がなくてBBSを置いていないわけでして・・・。この辺はサイト開設当初の雑記帖で綴ったとおりです。そして、頂いたお便りを「お便り広場」に載せるか否かは、わたくしの主観で判断しています。ラジオの番組に寄せられたリスナーからの葉書がすべて読まれるわけではないですよね。そのスタイルを念頭において今のシステムとしています。とはいえ、好意的でないから載せないなんてことはするつもりはありません。余程のことが無ければ出来る限り掲載するようにしていますので、どうぞお気軽にお便りをお寄せください。でも、もし採用されなくても逆恨みしないでね(笑)。

| | トラックバック (1)

2005年1月25日 (火)

人体の不思議

 先週末は東京へ遠征しまして「人体の不思議展」というものを見てきました。開場時間が延長されたうえに会期が1ヶ月以上延長になるほど好評だということと、タツノコ座のヴァイオリン奏者カジカさんがオススメ!ということで行ってみた次第。
 どんな展示会かというのはホームページを見てもらえれば一目な訳ですが、会場いっぱいに人体標本が並んでいるわけです。標本といってもホルマリン漬けのそれではなく、最新技術による特殊加工がしてあって、まるで模型のような趣き。しかし、事前に本物を処理した標本であるとわかっていたので、最初会場に入ったときはうっすらと気持ち悪かったですね。でも、不思議なもので20分も会場にいると慣れてきます。
 午前中に行ったのですが、結構な人の入り。並ぶほどではありませんが各標本前はほんのり人だかりが出来るぐらいでした。色々見ましたけど驚きの連続。おぉ、自分の体の中はこうなっているのかというのが分かります。ただ残念なことに、標本自体に矢印とかで「ここが○○」とかついていないので、付属の解説文と見比べても、どこが何なのか分からないことも多かったです。医学用語と思われる読めない漢字なんかも出てきたりして、この辺をもう少し素人にも分かりやすく展示していただけると、より理解が深まるのではないかと思います。とはいえ、すべて本物というリアリテイーが細かい難点を圧倒してしまいます。
 出口付近には体験コーナー。「脳の重さを実感してみよう」なんてコーナーがあって、標本の脳を手に持つことが出来るのですが、何か不思議な感覚でしたね。
 会期が2月末まで延長されていますし、夜も20時まで開いていますので、東京近辺のかたはよろしければどうぞ。有楽町の東京国際フォーラムですので交通も至便です。

 ちなみに昼食はフォーラム2Fのレバンテへ。有楽町駅前にあった老舗ビアレストランが再開発でこちらに移っています。駅前時代はちょっと敷居が高そうな感じがしたのですが、ランチが1000円で思いのほか入りやすかったです。店員さんの動きがきびきびしていて気持ちがいいですね。

| | トラックバック (0)

2005年1月21日 (金)

低いほうが有利!

 ラジオ関西のことを書いたらトラックバックをいただいたりして、ちょこっと反響があったのが驚きでもあり嬉しかったりもします。こういうネタで反響があるとは(笑)。ということでしつこく?また書いてみます。
 ラジオ関西は去年までAM神戸を呼称(愛称)としていたわけですが、より正確には「AM KOBE 558」(エーエムコウベゴーゴーエイト)と言っていました。558はもちろんダイヤル(周波数)を表しています。
 このラジオ関西の周波数は、開局以来2度変更されています。558kHzになる前は560KHzでした。これは1978年に日本のラジオの周波数割り当て間隔が10kHzから9kHzに変更されたためで、ラジオ関西に限らず、全国のラジオ局が一斉に周波数を変更しています。そして、560kHzになる前、つまり開局当時(1952年)の周波数は1490kHzでした。ところが、この開局時の周波数は、わずか1年と少し使われただけであります。
 なぜ、周波数が変わったのか。これはサービスエリアの改善のためと言われています。ラジオ関西(開局時はラジオ神戸:神戸放送)は開局に当って周波数1490kHz・出力1kWの割り当てを受けたものの、実際に電波を出してみると思いのほかサービスエリアが狭かったそうで、神戸の放送局(スタジオ・送信所とも神戸市須磨)なのに、六甲山の裏側ではもう聴取困難だったようです。これでは困るということで打開策を検討した結果、周波数を560kHzに変更することで解決を図った、というのです。実は電波と言うのは周波数が低いほど飛びが良くなるんですね。数式的には何も無い空間(自由空間)であれば、周波数が2分の1になると到達するエネルギーは2倍になります。つまり、周波数を低くすることで、実質的に送信出力をアップさせたのと同等になるのです。
 今でもラジオ関西の出力は20kWで、大阪の民放局の50kWに比べると一見見劣りがしますが、周波数の違いによりそれほど不利ではありません。実際、ラジオ関西の電波は特に海沿いによく飛び、しっかりしたアンテナを使えば日没前でも南関東で受信可能なほどです。
 NHKラジオの周波数が一般的にダイヤルの低いほうにあるのは、開局が古く、有利な低いほうの周波数から割り当てられていったという歴史があります。民放はどうしても開局が遅いですから高いほうになってしまっているんですね。今のラジオ関西の周波数は民放としては破格の低さですが(笑)、1490kHzで目論見どおりのサービスエリアになっていたら指定されなかったと思うと、とても興味深いことであります。

| | トラックバック (0)

2005年1月17日 (月)

もう10年、まだ10年

 2005年1月17日。阪神淡路大震災から丸10年が経ちました。NHKは昨日の夜から大部分の番組が震災関連番組になっています。
 10年。長いようで短い、そんな気がします。街の姿、見た目は復興しつつあるけど、未だ再建できないマンションがあったり、建物は再建できても生活再建がままならない方がいらっしゃる。何より6千余名の尊い命は戻らない。肉親や近しい人を亡くしたかたの悲しみはいかばかりか。震災はまだ続いているのだ、そんな思いがしました。

 以前にも書きましたが、私は関西に縁がある近親者がいるわけではありません。一時期関西に住んでいたことはありますが、被災地とは離れています。それでも、なぜか神戸に思いを馳せてしまうのは、あの震災の半年後に神戸を訪れ、この目で現地を見てきたからだと思います。訪れたのは7月、すでにJR、阪神、阪急の各鉄道は復旧していました。用務があるわけでなく、観光という名の「物見」で行くことには、少し迷いがありました。しかし、新聞か何かで「どうぞ神戸に来てください」というメッセージを見かけました。「神戸に来て、お金を使ってもらうことが観光都市神戸の復興につながる」という趣旨で、それで行くことにしたのです。訪れた街は、瓦礫はだいぶ取り除かれていたけど、多くの空き地が被害を物語っていたし、損壊したビルもまだ残っていました。三宮の生田神社は全壊したままで、銅板を一枚奉納してきました。観光スポット北野の異人館街も被害が大きく、公開されているところはごくわずかでした。長田の焼け跡はまだ一面の空き地。須磨の周辺では傾いた住宅が残り、海岸の国道沿いにあったAM神戸の局舎は立ち入り禁止でした。テレビだけでは分からなかったことが少し分かったような気がします。

 あれから10年。ひとつの節目を過ぎることで、今後マスメディアでは急速に風化していくかもしれない。しかし、まだ闘い続けている方がおられることを忘れてはならない、特集番組を見てそんなことを思ったのでした。

 そう、平松愛理さんは今年もこの日、支援ライブ「KOBE MEETING」を開いておられますね。

 昨日の雑記帖でAM神戸に関することを書いたのですが、資料を実家に置いたまま記憶で書いたために幾つか間違いがありました。他のブログを参考に修正しております。

| | トラックバック (2)

2005年1月16日 (日)

AM神戸からラジオ関西へ

 明日は阪神淡路大震災から10年。久しぶりにAM神戸のホームページを覗いてみたら、2005年月1日から呼称を正式社名であるラジオ関西に統一したの告知が出ていました。関西一円をサービスエリアとする放送局としての位置づけをより明確にしたということだと思いますが、神戸に本社のある放送局としてのイメージは薄れそうですね。といっても、元々10年位前までは「ラジオ関西」を呼称として使っていたので「元に戻った」だけではあるのですが。いずれにしましても益々の発展をお祈りします。
 
 後から知ったことですが、あの地震のとき、須磨の高層住宅2Fにあったラジオ関西本社は大きく損壊し、一時的に放送が中断しています。激しい揺れで停電して電波は一旦停止、自家発電で電波は回復したものの大半の放送スタッフが一時退避したことにより無音声が続きました。しかし技術スタッフが局内に残り、放送可能との判断でスタッフを呼び戻して6時の時報から放送を再開しています。再開第一声は藤原正美さんの「えー、しゃべりましょうか?しゃべりましょうか?・・・こちらはAM神戸のスタジオです。スタジオがただ今の地震で壊れています。音声が途切れております。詳しい情報が入り次第お伝えします。」というもの。冒頭、副調整室との打ち合わせ音声が電波に乗ってしまっており、混乱しているようすが伺えます。
 放送可能といっても局内は損壊がひどく、廊下の壁は落ち、床が一部抜けて1Fの駐車場が透けて見えるという状態。放送スタッフは大きな余震が来れば崩れるかもしれないという恐怖と戦いながら、それでも安否情報や生活情報を流し続けたということです。

 ラジオ関西のホームページには、社の「震災の記録」が公開されています。文章も写真も生々しく、ご一読をお勧めします。

 ☆

地震直後の状況についてはこちらのブログも参考にどうぞ
がんばろう神戸|阪神・淡路大震災|ラジオ関西
ラジオ関西|阪神・淡路大震災
  ~今日の発見!!
阪神淡路大震災、NHKアーカイブスから
  ~オキラクでいいよね?

| | トラックバック (2)

2005年1月15日 (土)

それでも気になる紅白歌合戦

 毎年出場者選定や応援合戦等の演出をめぐって批判が絶えず、視聴率が落ちたといっては「もう止め時」などと叩かれる大晦日恒例の「NHK紅白歌合戦」ですが、そうは言ってもやはり皆さん気になる存在ではあるようで・・・。
 と言いますのも、この雑記帖のアクセス数が元日から1週間ほど、平常の2倍前後と高水準だったのです。大して記事を出稿していないのに何故アクセス数が増えていたのかなあと「ココログ」のアクセス解析を見てみると、「紅白歌合戦」「再放送」といったキーワード検索でおいで頂いた方が多数おられたんですね。昨年の紅白歌合戦についての記事は出していないのですが、2003年の紅白歌合戦の再放送に関連して、2004年1月23日2月13日に記事を出してまして、検索でこれらがヒットした次第。
 昨年の紅白は視聴率が40%を切ったといって大騒ぎ?になってましたが、「再放送」というキーワードを見て、なあんだ、みんなホントは見たかったんじゃないの、と思ってしまいました。さて、今年も再放送はあるんでしょうかねえ。

 関連して打ち切り論について個人的な思いを少し。打ち切りは現実的でないと思いますね。なんだかんだ言っても40%近くの数字を取る紅白は未だ「お化け番組」です。他の企画を立ち上げて紅白以上の数字が取れるとは思えないです。現実に民放の番組も平均視聴率では未だかつて紅白を超えていない訳で。批判の多さはそれだけ見ている人が大勢いる、ということだと思います。

 ついでにもうひとつ。紅白に出演した某大型女性歌手が、年明けに紅白を色々批判してましたけど、とても違和感を感じました。初出場ならともかく、何度も紅白に出場しているのですから分かりきったことですよね。いやなら辞退すれば良いのです。出たいと思っている歌手も(演歌勢を中心に)まだまだいらっしゃるのですから。声も衰えてきたようですし、そろそろ大物ぶるのは止めて謙虚になったほうがと思いますが・・・無理か(笑)。

 ☆

2004年12月31日の紅白歌合戦は2005年2月11日(祝)に再放送と相成りました。
(16:55~21:45)

| | トラックバック (0)

2005年1月10日 (月)

祝日はラジオにどっぷり

 きのう10日は成人の日。祝日が流浪するようになってからもう何年も経ちますが、まだピンときませんねえ。こういう祝日は、平日の仕事中には聞けないラジオを聴いて過ごすことが多いですね。

で、10日はどんなものを聴いていたかというと・・・

 9時ごろからは「大沢悠里のゆうゆうワイド」(TBS/954kHz)。悠里さんのトークは落ち着いて聞けますね。成人の日にちなんで20年前(1984年度)の曲をかけまくっていましたが、残念ながら河合奈保子さんの曲は流れず。

 11時からは特別番組「メロディーホリデー」(文化放送/1134kHz)。文化放送の祝日の定番ですね。2時間に渡って軽音楽(でいいのかな)をひたすら流し、時々音楽に載せて軽いおしゃべり(実はそれがCM)が入るのですが、実はこの番組、以前はTBSのレギュラー番組「バック・グラウンド・ミュージック」でありました。いまTBSで放送中の「バック・グラウンド・ミュージック」はスポンサーが異なり選曲傾向も少し違います。心地よい音楽を流すこうした番組はまったりとした休日を過ごすのにぴったりです。

 13時からは、普段なら「吉田照美のやる気MANMAN」(文化放送/1134kHz)を聴くところですが、きょうは浮気して特別番組「我が青春・心のメロディー」(NHK/594kHz)を・・・。こちらも成人の日にちなんでリスナーの思い出とともに20年前(1984年)の曲をかけるという趣向。ゲストで中西圭三さんが来ていて、スタジオ演奏も披露し良い感じでした。が、奈保子さんの曲は流れず。「微風のメロディー」とか「唇のプライバシー」あたりが出ないかなあと思っていたのですが、残念。音楽解説で伊藤強さんが出ていたのが懐かしかったですね。
 番組では今の音楽シーンについて「20年後に同じ番組をやったら、みんなが体を動かすような曲があるだろうか」とか「かつてはアイドルという存在があったが今はシンガーソングライターの要素が求められている。専門家が受難の時代で、作った詞曲を歌ってもらえない」なんて話が出てきましたが、考えさせられますね。確かに自分で曲を作って唄うことは素敵なことですが、それ一辺倒になってしまうのもねえ。職業作家はもっと大事にされてしかるべきだと思います。ボーカリストとして実力をつけるためにも職業作家の作品を唄うことは有効だと思いますし。

 17時ごろからは、「渡辺和昭のしゃべってしゃべって95分」(ラジオNIKKEI/3925kHz)。こちらは祝日不定期の番組です。渡辺アナは大の松浦亜弥ファンということで、番組全体がハロプロ系の話題に包まれています。わたくしハロプロ系に心ひかれているというわけではないのですが、それでも聴いたりするのは番組の雰囲気が「ラジオたんぱ」時代のヤング向け夕方ワイド番組を彷彿とさせるからで、ラジオNIKKEIでしか出来ない「ゆるーい」感じが懐かしかったりします。
 番組には佐賀県の古川知事が電話出演していたのですが、なんとこの方も松浦亜弥ファンだそうで、ファンになったきっかけやらコンサートに行った話やらで渡辺アナと盛り上がり、わたくし目がテンに・・・。なんとざっくばらんな方でしょう。県知事選のとき、渡されたプロフィールの好きなタレント欄に松浦亜弥と書いたら、スタッフによって勝手に他の歌手に書き換えられていた、なんて話は興味深かったですねえ。興味のある方は番組ホームページにてオンデマンドで聴取できますのでよろしければどうぞ。

| | トラックバック (0)

2005年1月 9日 (日)

ザ・ベストテン公式データブック

 80年代に一世を風靡したTBS系音楽番組「ザ・ベストテン」の公式データブック「ザ・ベストテン~蘇る!80'sポップスHITヒストリー~」が発売されております。
 ザ・ベストテンといえば放送時期が河合奈保子さんの活動時期と重なっていますので全く触れないことはないだろうし、番組の資料として手元に置いておいても損は無いだろうということで買ってみました。
 冒頭で放送当時の歌謡界を簡単に振り返り、その後に当時の出演者のインタビューで構成したグラビアが続きます。10人掲載されていますが当然ながら現役の方のみですね。あとは当時視聴者側だった芸能人へのインタビューや、司会者・スタッフの回想録など。
 いちばんページを割いているのは全放送回のランキング掲載で、その時々のトピックス的にランクイン曲が当時の放送画面とともに紹介されています。で、肝心の奈保子さんですが・・・うーん、あんまり出てません。81年の「17才」「スマイル・フォー・ミー」のみ。
他に、小さなレコードジャケット写真に簡単なコメント付きで紹介されたのは
82年/ラブレター,夏のヒロイン,けんかをやめて
83年/ストロータッチの恋,エスカレーション,UNバランス
85年/北駅のソリチュード,デビュー
(注:年表示は掲載されたページ)
という結果。自己最高ランク・ランクイン週数を獲った「エスカレーション」が放送画面付きでないのはどーなんでしょうか。やはり放送・出版関係者の間では奈保子さんというと「スマイル・フォー・ミー」あたりのイメージしかないのかなあと思うとちょっぴり淋しいです。

 奈保子さん云々を別としての感想を。データ本としてはそれなりにまとまっていると思います。年間ランキングやランクイン総週数ランキングなんかもありますし(ちなみに奈保子さんは総ランクイン週数94週でアルフィーと同率14位)。当時の歌謡界を振り返るには好適かもしれません。ただ、残念なのは放送画面の大部分がモノクロであること。同じページに印刷されてるレコードジャケットはカラーなのに、どうしてなんでしょ。多少高くなってもカラーのほうが喜ばれたと思うのですが・・・。ま、お買い求めはご自身の判断でなさってください(笑)

| | トラックバック (1)

2005年1月 4日 (火)

年末特番総決算

 何かタイトルが大げさですが(^^;
 河合奈保子さんの映像が出るかどうかファンが気をもむ(笑)テレビの年末特番の結果をおさらいしてみます。

特集NHK歌謡コンサート「もう一度見たい紅白名場面」
 (21日・NHK総合)
 もう一度見たい場面はファン的にいくつもあるのですが(笑)、残念ながら奈保子さんの映像は出ませんでしたね。

あなたが選ぶ思い出の紅白・感動の紅白
 (29日・NHK衛星第2)
 81年の「スマイル・フォー・ミー」を歌う奈保子さんが出ました(^^)。これで一応21日の分は帳消しかな?紅白歌合戦の舞台と同じNHKホールでの大怪我から復帰してすぐ、しかも初出場ということで、まさに「思い出・感動」のシーンですから、ある意味選ればれるのも当然のような気がしないでもありませんが、ご覧になった方はどのように感じましたか?わたくし的には、司会の黒柳徹子さんのコメントも聞きたかったな(これとセットだと感動もひとしおでしょう、やっぱり・・・)という思いと、できれば衛星ではなく地上波のほうで流れたならもっと良かったなあと思ってしまうのですが、これは贅沢というものでしょうか。
 それにしても、初出場かつ復帰直後でコルセット装着中ということを感じさせない、奈保子スマイルのまぶしいはつらつとしたステージでしたねえ。歌唱もとても安定しているし、堂々としたもんです。

ザ・ベストテン2004
 (30日・TBS/毎日系)
 「望み薄」という事前の予想が当たってしまい奈保子さんの映像は出ず残念でした。ただ、これは賛否あるかと思いますが番組の構成としては2003年よりはましだったかなと感じます。2003年は芸人を交えた余興のコーナーが随分長かったり、当時の番組に出演していない今活躍中の歌手に時間を割いたりという点がわたくし的には納得いかなかったので・・・。出演者の顔ぶれも比較的良かったのではないかなあと。
 もっとも、この路線はすぐ行き詰まるような気もします。出演者の中には2003年と同じ顔ぶれの方も結構いるわけで、「出てくる方はいつも同じ」となってしまったら不満が高まるでしょう。せっかくの特番なのですから、普段なかなかお目にかかれない方を見たい、と思うのが一般視聴者の人情ではないかと思うのですが・・・。そうなると、生出演が無理なら当時の映像で、という路線に行きつくのでは、いや行ってほしい、と思ってしまうわけです。公式ブックも発売されましたが、当時の視聴者はデータの羅列より当時の映像を望んでいるのではないかと思うのですが、どんなもんでしょう。

輝く日本レコード大賞
 (31日・TBS/毎日系)
 毎年「レコ大の歴史」みたいな感じで過去映像を振り返るコーナーが少しあるのですが、奈保子さんは出ませんでしたねえ。2003年は「けんかをやめて」(82年金賞)が出たのですが。

・・・とまあこんな感じでした。さて今年はどうなるでしょう。

| | トラックバック (0)

2005年1月 3日 (月)

今年もよろしくお願いします

 いささか遅れ気味ですが、明けましておめでとうございます。
 2005年がみなさまにとって良い年となりますように。もちろん、当店が推している河合奈保子さんにとっても。

 今年はいろいろな節目の年であります。ラジオ放送開始から80年、太平洋戦争終結・被爆から60年、阪神淡路大震災から10年・・・。
 そして、当店的には奈保子さんのデビュー25周年、そして最後のライブから10年ということを意識せざるを得ないわけであります。節目の年ということで何かオフィシャルな動きがないかなと期待してしまうわけですが、さてどうなりますでしょうか。
 昨年のインターネット界はブログというツールが大ブレイクして自分のサイトを持たれた方が一気に増えたわけですが、その流れの中で奈保子さん関連(の話題)のサイトも増えて楽しみが増えましたね。そういった動き・流れを奈保子さんやその関係者にも知ってほしいと思いますし、もしそこから何がしかのムーブメントが起こせたなら素敵だなあなどと思ってしまいます。
 ま、あまり期待を大きく抱いてしまうと年末に寂しくなってしまう可能性がありますから(^^;、いつものとおり過度に気負わずマイペースでやっていけたらと思います。ということで今年もよろしくお願いします。

| | トラックバック (0)

« 2004年12月 | トップページ | 2005年2月 »