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2004年12月29日 (水)

年末年始はお休みします

 これから帰省するのですが、帰省先はホームページの更新環境がありませんので、次の更新は1月3日夜以降になります。またメールも読めなくなりますので、お返事も同様ですのでご了承のほどを。
 で、年末年始といえばテレビの特番が気になりますが、今年は音楽関係の特番が少ないような気がします。いつものように映像が出る、出ないで一喜一憂するわけですが、さてどうなるでしょうか・・・。

 では皆様良いお年を。

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2004年12月26日 (日)

横浜市電保存館を見る

 25日は「横浜市電保存館」という施設を訪ねてみました。横浜市磯子区の市バス滝頭車庫の構内にありますが、この市バス車庫こそかつての市電滝頭車庫に他なりません。鉄道駅からは少し離れた場所ですが、当然ながらバスの便は悪くありません。
 保存館というぐらいですから、展示のメインは当時実際に走っていた車両です。時代を代表するような車種7両が建物内に鎮座しているのですが、なかなか圧巻です。
yokohama_tram 建物の中で見ると「市電ってこんなに大きかったっけ」って思います。車両内部も自由に入ることができ、自動で流れる車内放送で当時の世相や市電のエピソードを解説しているのも良いです。当然、手入れもされており、保存とは名ばかりで野外で風雨にさらされるまま朽ちていったり、悪質な子供やマニアの不法行為で部品類が片っ端からなくなっていく車両が多い中、大変しあわせな車両たちです。
 エントランスでは横浜市電の歴史を説明していましが、驚いたことに関東大震災の際には車両・線路・車庫が大打撃を受けたもののおよそ1ヶ月で復旧してるんですね。説明板には「焼け跡を走り出した市電は市民に勇気を与えた」と書かれています。このあたり、広島原爆投下後、一部ながら3日後に運転を再開した広島電鉄と通じるものがあるようです。その後太平洋戦争の空襲で打撃を受け、戦後の復興もつかの間、モータリゼーションの進展で自動車が軌道に割り込むようになって電車は正常な運行が困難になり乗客が離れ、赤字が積もって廃止、という各都市と同じような道をたどっています。
 今更廃止された市電なんか保存してどうなるの、という疑問を持たれるかたもあるかもしれませんね。しかし市電は一種の近代化・産業遺産ですし、市内の発展に寄与したことは間違いありません。市民の暮らしに身近だったこともあり、ご苦労様という気持ちがあるのでしょう。路面電車を廃止したあとも車両を保存している事業者は幾つかありますが、横浜のように常時公開の展示施設があるところは少ないですね。日本初の電車を走らせた京都電気鉄道の血を引く京都市交通局が、車両を保存していながら公開の目処が未だ立たないのは大変残念なことだと思います。

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2004年12月24日 (金)

神戸ルミナリエ

(諸般の事情で26日に書いております)

 23日は祝日でしたが、実は関西に大遠征をしまして神戸ルミナリエを見てきました。何せ夜のイベントなので、できることなら土日を使って1泊でもしていきたいところなのですが、ちょうど23日に大阪で尾崎亜美さんのクリスマスコンサートがあったものですから“抱き合わせ”で無理やり行程を組みました(^^;
 コンサートを見終わって食事や移動をしていたら、会場の玄関となる元町駅に着いたのは21時すぎ。22時前には三宮駅に戻っていないと後の行程に響くので、駆け足で会場を見る形になりました。時間が遅かったせいかかなり流れは良かったのですが、やはり混雑対策なのでしょう、会場へはまっすぐ行かせてもらえず、厳重なバリケード(笑)と警備員によりかなり迂回を強いられました。そうしてたどり着いた会場への入口、明石町筋から仲町通へ折れて現れた光の彫刻・・・それはそれは見事で綺麗でした。写真では綺麗でも現地では・・・なんてことがありますが、ここは現地のほうが遥かに綺麗でした。でも不思議なことに、とても綺麗で感動モノなんですが、同時に10年前の阪神大震災が頭の中でフラッシュバックするのです。震災当時、私は神戸にいたわけでも親類が住んでいたわけでもありません。鉄道が復旧して交通問題が一段落した後、95年7月に神戸を訪れてはいますが・・・。なんかとても不思議な感覚で、思わず手を合わせました。神戸ルミナリエの成功のあと、他地域でも類似のイベントが行われていますが、震災犠牲者の鎮魂と被災地の復興・元気づけがスタートだった神戸ルミナリエには、目に見えない何か特別なものが感じられるのかもしれません。仲町通の光のアーケードを抜けると東遊園地。一段と大きな光の彫刻が立ち並び壮麗でしたが、公園内には新潟中越地震の義援金受付や阪神大震災関連記録の販売なども行われており、このイベントは単なる人寄せではないのだ、ということをさらに実感した次第です。
 年が明ければ10回目の1.17が巡ってきます。近年風化が叫ばれていた阪神大震災ですが、満10年の区切り、そして新潟の地震もあり、きっとマスコミも大きく取り上げるだろう、と思います。

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2004年12月18日 (土)

なぜか東スポに転落事故の記事

 12月17日付の東京スポーツ(発売は16日夕)に、河合奈保子さんのNHKホールでの転落事故の記事が載っていましたね。16日の夜に老舗ファンサイトのBBSに情報がありまして、翌日昼に近所のコンビニで買ってきました。
 18面に「芸能事件史」と題して4段組みで掲載。黒地に白抜きで「河合奈保子が転落骨折」と結構目立つ見出しがつけられていたので、「23年前の1981年10月5日」という注釈を見逃してしまうと「えっ!」と驚いてしまうでしょうね。内容は事故発生から1981年12月5日にシングル「ラブレター」をリリースしたところまでの経緯を淡々と綴ったもの。茶化しとかは一切なく、写真も入院時と退院時の記者会見の様子で、極めてまともな記事(笑)です。ただし、『山梨県の下部温泉で湯治治療を行い』というくだりは事実と異なりますね。退院時の記者会見で、報道陣を煙に巻くために行先を「下部温泉」と発表していたのをそのまま載せたんでしょうが、ご本人の著書でも真実(行先は桃の木温泉)は明らかにされていますし、ちょっと調べれば分かりそうなものですが、まあこの辺は「東スポ」らしいということで・・・(笑)
 東スポらしいといえば、なんでこの時期に転落事故の話題を載せたんでしょうね。これが10月5日とかならまだ分かるんですが・・・。

 日頃メディアで話題になることのない奈保子さんのことなので、これを目にした読者が奈保子さんの存在を思い出していただけたならばまあいいかなあとも思いますが、隣がAV女優の紹介記事(しかも妖しげなポーズの写真付き)だったのはいただけないです。まあ、それも東スポらしいといえばそうなんでしょうが。載せていただいたのにずうずうしいでしょうが、できることなら一般紙で見たかったです。(^^;

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2004年12月14日 (火)

もうひとりの自分

 わたくし、河合奈保子さんのファンになってからというもの、奈保子さんの曲をたくさん聴いているわけですが(当たり前だ・・・)、その歌唱の素晴らしさに惚れ惚れするのはもちろんですが、歌詞にも共感してしまうことが良くあります。特に切ない系の歌は、奈保子さんの情感豊かな歌唱と相まってぐっときてしまうことが多いです。
 まあ、ファンだからかなあ、とも思ったりしていたのですが、最近は平松愛理さんの曲も良く聴くようになって、これまた歌詞に共感してしまったりします。
 奈保子さんの曲も愛理さんの曲も、女性を描いた作品です。で、そんな風に歌詞に共感してしまう自分に、はっ、と驚いてしまったりします。実は私のなかにはもう一人の自分がいて、それは女性なのではないか、などと思ってしまうんですよね。
 そういえば、わたくしがネット上で書き込んでいる文章を見て、男女の判断に迷うことがあるようです。随分前ですが、「女性ですか」とレスを付けられたことがありますし、最近も、とあるBBSにて私のことを女性だと思っていた方がいらした、ということがありました。うーん、自分で言うのも変ですが、なんか怪しいです(笑)
 自分自身の意識としては、特に“新宿2丁目方面”に興味があるわけでもないし、至って普通の日常生活を送っているつもりでいるのですが、もしかして内面では・・・と思うとちこっと怖いかも。こんな私、やっぱり変でしょうか・・・。

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2004年12月 9日 (木)

1年間カン違い

 本館「歌詞探訪」用に取得したJASRACの許諾が11月で満了のため、更新(実際には新たに取得)の手続きをしていた訳ですが、その過程で許諾条件をずっとカン違いしていたことに気がつきました。
 私はJASRACへ許諾申請する際、同時利用楽曲数を10曲と報告し、送られてきた振込用紙でそれに応じた利用料を支払っていたつもりでした。ところが許諾条件をよくよく見直してみると、この利用料というのは10曲以上であっても追加料金が発生しないんですね。曲数で料金が細かく分かれているのは10曲未満の場合であって、10曲分払えばあとは利用曲数に制限はないのです。確かに送付されてきた許諾書を見ても曲数欄はブランク(-)になってます。
 いやー理解度が足りなかったですねえ。それとともに「10曲までしか歌詞掲載が出来ない」と思い込み1年間いろいろやりくりしていたことが全く必要ないことだったわけで、まあ勿体無いこと。やはり契約がらみは良く読まなければなりませんね。
 ということで曲数に縛りがないことが理解できたので、さっそくわたくしいちおしの「エターナル・バラッズ」の収録曲すべての歌詞をドドンと掲載することにしました。といっても当面は歌いだしとサビだけですが・・・打ち込みがそれなりに時間かかりますので(笑)。

(12月11日、歌詞全文掲載しました)

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2004年12月 7日 (火)

蛇腹弦楽の午後

 このところ土日になると遠出をしている私ですが、12月5日は東京西郊・高円寺にて「蛇腹弦楽の午後」というライブを聴いてきました。
 蛇腹弦楽とは、アコーディオン(=蛇腹)とヴァイオリン(=弦楽)のデュオということで、えー勘のよい方はお気づきになったかな、ソワレさん率いるタツノコ座で(個人的に)おなじみのカジカさんがヴァイオリン担当で出演されております。わたくし、カジカさんの追っかけ、ということでもないのですが、こう何といいますか、弦楽器の生演奏を聴くなんてことは北関東某所の日常生活ではまず体験できないものですから、新宿ゴールデン街「ソワレ」での体験以来、都合がつけば出掛けている次第です。
jabara ライブは「AriA」というこじんまりとしたバーで行われたのですが、大入り満員状態。といっても15名ほどですが(笑)、ドア越しに立ち見の方も出るほどの盛況ぶりでした。
 この日のデュオのお相手・アコーディオン担当は坂本光世さん。作曲もされるということで、この日のセットリストでは自作曲も多数披露していただきました。他にはタンゴとかフレンチとか・・・。音楽的素養の少ない私ですが、「あ、聴いたことある」って曲も結構あって「入りやすかった」ですね。ヴァイオリンとアコーディオンの組み合わせというのは私はこれまで経験したことがなかったのですが、思いのほか合っていてよかったです。びっくりしました。なんというのでしょうか、音色というか音の感じが似ているのです。ですから演奏は一体化されているような感じを受けました。
 そして、このバーのママ、紀平真喜子さんがなんと声楽家ということで、カジカさん坂本さんの演奏にのせてクリスマスソングを3曲披露。こちらも良かったですねえ。
 ライブの途中では「ヴァイオリン講座」「アコーディオン講座」なんてことも・・・。楽器の仕掛けとか演奏法について解説していただきましたが、ヴァイオリンの弓を外したところは初めて見ました。細い糸(馬のシッポなんだそうです)を並べているんですね。他にもヴァイオリンは右手、つまり弓を持つほうの動かし方のほうが難しい、とか、とてもデリケートで温度や湿度の変化に合わせて調律しなおす必要があるとか、アコーディオンは右手で鍵盤を操作しつつ左手で蛇腹を伸縮させるその連携動作が難しいとか、ふだん聞く機会がないことを色々と。
 それにしても、アコースティックの生演奏って素敵ですね。私も何か楽器のひとつでも弾けたらと思うことはありますが、まあなにせ不器用なもので(笑)やはりオーディエンスに徹していたほうが良いのでしょうね。

 2月10日には東京・代官山で「蛇腹弦楽・ディナー付きコンサート」があるのですが、さて調整がつくか・・・

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2004年12月 5日 (日)

「イノダコーヒ」のこと

 11月28日の雑記帖で『イノダさんは色々思い入れがあるのでこれだけで一本書けてしまいそう。』と書いたのですが、ネタつなぎにさっそく書いてみます(笑)。
 京都の喫茶店「イノダコーヒ」を知ったのはもう15年程も前のことでしょうか。とある旅行雑誌に紹介されているのを読んだのがきっかけです。当時まだ金に不自由する学生の身分でしたが、「学割」と「夜行バス」を使い倒して京都探訪に傾倒しだした頃であります。で、さっそく堺町三条の本店に行ってみました。表から見ると古い町家ですが、中に入ると大変モダンな空間。出てきたコーヒーははじめから砂糖・ミルクが入っており、飲んでみると今まで経験したことのない味。うまい!というのが第一印象でした。とにかくコクがあり酸味もあるのですが、砂糖とミルクの分量が絶妙なのかとても飲みやすいのです。
 一発でファンになり京都探訪の折は本店または支店に寄るようになったのですが、朝食を摂ろうとするとそれなりに高価なんで、朝食で寄るようになったのはもっと後になってからでした。今では夜行で上洛したときは開店が早い(7:00)こともありイノダ本店での朝食が定番になってます。で、朝食を食べるようになってからはフードのおいしさにも気がついてしまいまして、今では昼食なんかでも寄ったりします。

 イノダさんは老舗で有名店、雑誌にも度々取り上げられていますので私のような観光客も大勢来店します。でも、よくありがちな「観光客専業」化することなく、基本はあくまで地元の方がひいきにする店であります。本店の朝などは、あちこちで常連さんが丸テーブルを囲み談笑しています。それに混じって私のような観光客もいたりするわけです。店内にBGMは流れず、常連さんの会話がBGM代わりというのがまた味があります。ゆったりと過ごしたいひとときですね。

 そんなイノダさんですが、私の知る限りこの15年ほどで3つの変革がありました。
 1つは、フロア担当の店員さんに女性が入ったこと。以前は白衣の男性(ウェイター)のみでした。ウェイターさんがきびきび動く様はいかにも欧州のカフェといった趣きでしたが、たぶん、雇用機会均等法に対応したのだと思います。
 2つは、注文の際、店員さんが「コーヒーに砂糖とミルクはお入れしてよろしいですか?」と確認するようになったこと。以前は客のほうから特に言わない限りデフォルトで砂糖・ミルク入りで出てきました。
 3つは、店により禁煙席と喫煙席に分かれたこと。永くイノダさんは「タバコもコーヒーと同じ嗜好品」という立場であることと、席だけ分けても効果的な分煙にならないことなどを理由にして禁煙席の設定がありませんでしたが、やはり社会情勢の変化と立法措置もあってか分煙が始まりました。

 そう、もうひとつ本店の建て替えもありましたね。99年春に本店で火災が発生し、人的被害はなかったものの建物の一部を焼失、修復は困難ということで全面的に建て替えられました。2000年3月15日、約1年の休業を経てリニューアルオープンしましたが、それはそれは大変な混雑だったそうです。私も1週遅れで行きましたけど、外観は以前のイメージを良く残していたのに感激しました。

 これからも、変わってゆく部分はあるのでしょう。でも、あの「うまいコーヒー」はきっと変わらずに提供されることと思います。うん、やっぱり私はイノダが好き。

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2004年12月 2日 (木)

FNS歌謡祭

 昨夜フジ系で放送された「2004 FNS歌謡祭」ですが、「30周年記念 感動の名曲集 80年代パート(1)」のコーナーのトップで「けんかをやめて」を歌う82年当時の河合奈保子さんの映像が出ましたね。2コーラス目のサビとリフレインの部分だけでしたから時間にして約40秒ほどでしたが、まあ何にしてもゴールデンタイムに奈保子さんの映像と生歌が出たのですからめでたいことです。
 実はこの番組が放送されることだけは把握していたのですが、まあ正直に言ってそんなに期待できないなあ、いちおうチェックだけはしとこうかな、ぐらいの認識だったので、本館トップページ等では特にアピールしませんでした。昨年も確か予告で「秘蔵映像で振り返る」みたいな触れ込みがありチェックしたのですが空振りだったので・・・。ところが念のため番組ホームページを見てみたら「30年間超貴重秘蔵VTRを一挙大公開!」のロールアップに「河合奈保子さん」の文字が浮かんでくるではありませんか!。あわてて本館に情報UPしたのが19時30分ごろ。映像が出たのが20時過ぎでしたから、あまり役に立たない情報告知になってしまいました。どうも申し訳ありません。やはり漫然と新聞のラテ欄だけ見ていてはダメですねえ。そういえば、先月放送された「ものまね紅白歌合戦」の特番でも過去を振り返るコーナーでものまねをする奈保子さんの映像が出ていたそうで、このときも(後で確認したら)番組ホームページにはきちんと予告が出ていました。いやはやフジの番組ホームページは侮れないですね、これからはきちんとチェックしなければ・・・。とともに、こんなに短いスパンで(笑)ゴールデンに奈保子さんの映像を流していただいたフジに感謝。
 そう、期待ついでにフジといえば、できることなら「ミュージックフェア」の奈保子さんを見てみたいですね。ぜひ「ミュージックフェア」でも過去を振り返っていただきたいです。(このまえの40周年特番では見事空振りでしたが)

Nazeiさんとこで「紙芝居」が見られます(^^)

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