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2004年10月28日 (木)

カテゴリ「河合奈保子」を追加

 23日の記事
『同じカテゴリ名を設定したココログが10以上あると、ユーザカテゴリ一覧に反映・表示されるようになります。ですから、奈保子さんが好きな管理人さんのココログが10以上でき、カテゴリ名「河合奈保子」で記事を作れば、先のページでアピールできる』
なんて書いたんですが、その実ウチの雑記帖には「河合奈保子」というカテゴリは作ってなかったんですよね。
 まあ、もともとが奈保子さんのファンサイトに付随する雑記帖ということで、あえて明示する必要もないのではということもあったんですが、よくよく読み返してみると案外奈保子さんに特化した内容が少なかったりします(^^;。また「こころもよう」さんでカテゴリ「河合奈保子」が設定されたことにも触発され、ウチでもカテゴリに「河合奈保子」を設定いたしました。ちょっとだけユーザカテゴリ一覧に載る夢に近づいたような気がします(笑)。

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2004年10月25日 (月)

ラジオを備える・ラジオで備える

 新潟県中越地震は発生から丸一日を過ぎ、被災地の状況・被害が明らかになりつつあります。謹んで被害に遭われた方へお見舞い申し上げます。そういえば河合奈保子さんのおばあちゃんは新潟にお住まいでしたよね。大丈夫だったでしょうか。

 地震発生直後からNHKテレビを中心として震災報道が続いておりますが、これらを見聞きすると災害時における「ラジオ」の重要性をあらためて認識する次第です。23日夜のNHKテレビでは、NHK長岡報道室からの電話リポートが度々ありましたが、長岡市内の様子として「家から出て車に乗りカーラジオを聞いている人が多い」というレポートがくり返されました。停電でテレビを見ることができず、部屋にいても情報が得られないのでカーラジオを頼りにしているわけです。
 しかしなぜカーラジオなのか?ひとつは、余震が続き建物内では危ないという判断なのでしょうが、実は携帯ラジオを持っていないかたも案外多いのではないかと思います。阪神淡路大震災でも、携帯ラジオを持っていなかった、あるいは持ち出せなかったなどの理由で情報が途絶したかたが多かったと聞きました。やはり持つべきものは携帯ラジオです。

 ただし「ラジオなら非常持出袋に入れてあるよ」というぐらいでは、実はあまり安心できないと思います。そういう状態のラジオというのは、いざというときに電池が自然消耗してるとか、電池が液漏れして故障とかで働かないこともありがちというもの。また、ボタン一発で選局できるタイプならいいのですが、昔ながらのダイアル式選局の場合、周波数が分かっていないとラジオが聞けませんよね。大事なのは日頃からラジオを聞き、使い慣れていることだと思います。そうしていれば電池も定期的に交換してますし、いつでも使える状態になっているわけですから、いざというときに即対応できます。

 そして放送局にお願いしたいのは、ラジオの災害報道にこそ力を入れて欲しい、ということです。被災地ではテレビは見ることが出来ず、みなラジオを聞いています。NHKは地震発生当初、ラジオとテレビの同時放送を行っていましたが、「テレビの音声をラジオでも流す」というスタンスではなく、「ラジオの音声をテレビでも流す」スタンスで対応して欲しいです。そして被災者の身の安全に関わる情報、いまを生きていくのに必要な情報を少しでも多く伝えて欲しいと思います。一時の危機的状況は脱しても不自由な避難生活はまだ続きます。ラジオは最後までそういう方々の味方になって欲しい、切にそう思います。

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2004年10月23日 (土)

続々できるウェブログで

 ブログ(ウェブログ)というツールの普及にともない、ホームページをお持ちになる方が続々と増えているようですね。当然ながらその中には河合奈保子さんが好き(又は、だった)という方もいらっしゃるわけで、必ずしも「ファンサイト」の体裁をとっていなくても、
 『河合奈保子さん関連の記事
 それも思い入れタップリのブログを見ると
 一日が楽しくなる今日この頃です・・・・』
(河合奈保子音楽夜話日誌~河合奈保子関連ブログを・・
だったりするわけです。

ここ数ヶ月でわかった、奈保子さんが好きな(過去形含む)管理人さんによるブログは、
kobacrowの終身名誉アイドル♪(kobacrow さん)
  →代表記事
ライナーブログ(ユダ さん)
  →代表記事
くるっと!(きまぐれ さん)
  →代表記事
Merry STYLE BLOGS(めりすた さん)
  →代表記事
Nazei's Homepage(Nazei さん)
  →代表記事
あかねさんのかぶと虫(あかね さん)
  →代表記事
うそとほんと(SYさん)
  →代表記事
そしてごく最近みつけたのが
こころもよう(ひらりん さん)
  →代表記事

 ファンサイトの体裁をとっている方、単品の記事で思いを書かれている方、ちょっした単語からコメントを付けてみたら好きだったことが発覚(?!)した方など様々ですが、とにかく見つけると嬉しくなるのは確かです(^^)

 この雑記帖はココログなんですが、ココログは標準で用意されたカテゴリのほかに、ユーザが任意でカテゴリを設定でき、同じカテゴリ名を設定したココログが10以上あると、ユーザカテゴリ一覧に反映・表示されるようになります。ですから、奈保子さんが好きな管理人さんのココログが10以上でき、カテゴリ名「河合奈保子」で記事を作れば、先のページでアピールできるという(笑)。さて、そんな日が来るでしょうか・・・。

 ☆ ☆

先ほどから北関東でも立て続けに揺れを感じました。新潟方面、大丈夫でしょうか。被害がないことを祈ります。それにしても水害に台風に地震に・・・どうしたんでしょう今年は。

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2004年10月20日 (水)

適正露出

 そういえばカメラの話を是非、なんてリクエストを以前頂いていましたので、ちょっと書いてみましょうか。
 トラックバックを頂いた「河合奈保子音楽夜話」のura-yawa-wordpress「時が止まる空間 円通寺比叡山借景」から題材を・・・。

 『暗い室内から明るい遠景の比叡山までを一挙にカメラにおさめるのは素人の腕では思うに任せない 肉眼でみるようには決して記録できないのである』

 そう、旅先で撮影して、戻ってきてDPEに出すと「あれ~、こんなだったっけ」と思うことは結構ありがちですね。
 フィルムにはちょうどよい明るさ、「適正露出」があります。なのでいまどきのフルオートカメラは光量を測って適正露出になるよう絞りとシャッタースピードの組み合わせを変えて明るさを制御するわけですが、カメラは「こう写って欲しい」という人間の気持ちが分かりませんので(笑)フレーム内のどの部分を適正露出にするかはあらかじめ決められたルールにより制御します。で、暗い部屋から外の庭園を写す、みたいなときは一般的に画面の中央かつ大部分をしめる「外の庭園」が適正露出になるように制御するので、暗い部屋はより暗く何が写ってるか分からない、ということになります。肉眼で見たようには写らない、というわけですね。
 これを避けるために「露出補正」を掛けて、極力撮影者の意図する明るさに写すこともできるのですが、一般的な撮影で使われる「ネガフィルム」では必ずしも効果が出ない場合も多いです。というのは、ネガで撮影した場合、印画紙へのプリントという「もうひとつの撮影」があり、この段階で明るさはいかようにも変わるのです。たいていのラボでは自動機でやってますので、ネガでせっかく補正をかけても、プリントの段階で自動機が明るさを「自動補正」してしまい、思ったような仕上がりにならない、ということももままあるのです。
 素人だから上手く写らないという面もなくはないのですが、案外と「ラボが曲者」ということもあるのです。お店によって仕上がりが違うのに驚くことがあります。思ったような写りでないことが多いと感じるときは、カメラを買い換えたりする前にラボを変えてみる、というのも手ですのでお試しを・・・。ちなみにセミプロみたいな方だと、自家現像・焼付けを敢行して自分好みに仕上げておりますね。私も環境が整えば一度やってみたいものです。

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2004年10月17日 (日)

女性ボーカルの名バラード集

 ネットを散歩しておりましたら、なんと、つのはず誠さんのホームページにたどり着いてしまいました。つのはずさんといえば、河合奈保子さんのCD/DVD-BOXシリーズのブックレットで解説を手がけたかたでありますから、見つけたときはとても嬉しかったですね。ご本人に連絡を取りリンクの承諾を頂きましたので、さっそく本館のリンク(もっと知りたい)に加えさせていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

 ホームページを見てはじめて知ったのですが、会社員のマーケティングアナリスト「臼井孝」と、フリーの音楽チャートアナリスト「つのはず誠」の2つの顔をお持ちのかただったんですね。そんなつのはずさんですが、このたび臼井さんの仕事としてナイスな企画のオムニバスCDが来月発売されます。

『Eternal Ballads(エターナル・バラッズ)』
 (ビクター)

まずは収録曲をご覧ください。
 M1:難破船/中森明菜
 M2:木枯しに抱かれて/小泉今日子
 M3:恋一夜/工藤静香
 M4:好きにならずにいられない(アカペラ・バージョン)
    /岩崎宏美
 M5:リンダ/アン・ルイス
 M6:部屋とYシャツと私/平松愛理
 M7:愛・おぼえていますか/飯島真理
 M8:ハーフムーン・セレナーデ/河合奈保子
 M9:DEAR~コバルトの彼方へ~ /荻野目洋子
 M10:Love Letter/酒井法子
 M11:時に愛は/松本伊代
 M12:カボシャール/田中好子
 M13:/桜田淳子
 M14:シルエット・ロマンス/大橋純子
 M15:聖母たちのララバイ(TVバージョン)
     /岩崎宏美

 このCD、「女性ボーカルによる女性に人気の1980~1990年の名バラード集」という触れ込みですが、「80年代の名曲を掘り起こす」というもうひとつの企画意図からもキモはM8~13なんでしょうね。有名どころを押さえつつ、これはと思う曲を聴いてもらいたいという意図が良く伝わってきます。とくにM8なんかは臼井さんらしいなあ、なんて(笑)。また有名どころにしてもM4,15なんかバージョンにこだわりが・・・。私もバラードは好きなんですが、1曲のためにその歌手のアルバムを買うというのも抵抗感があるので、こうしたオムニバスは大歓迎。存じ上げない曲もありますが、臼井さんこだわりの選曲ですからとても興味がありますね。発売されたら即買います、わたくし・・・。
 そして、M8目当てでなくこのCDをお買いになった方が、奈保子さんの歌唱の素晴らしさに気づいてくれたらなあ、なんて思います。

 ※つのはず誠さんのホームページはこちら
   T2U 音楽研究所
  (Eternal Balladsの解説ページが出来ています)

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2004年10月15日 (金)

台風はもう結構

 それにしても今年は台風が多いですね。それに10月に入ってもまだ襲ってくるとは・・・。みなさんのところは大丈夫でしたか?被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。なんか23号も南の海上で発生しているそうで、もう近づかないことを祈ります。

 そういえば、昨10月14日は、河合奈保子さんが初めてのコンサートを東京・芝の郵便貯金ホールで行った日から満24年だったわけですが、この初コンサートの日、東京は台風19号に見舞われていたそうですね。ご自身の著書「夢・17歳・愛」やライブ盤「LIVE」の歌詞カード解説によると、それでも激しい風雨のなか駆けつけたファンで満員御礼だったとのこと。待ち望んでいたファンにとっては台風など何するものぞ、だったんでしょうね。

 とはいえ、先週末に東海・関東を襲った台風22号のように「戦後最強の台風です。外出は極力控えるように」なんて気象台から言われてしまうと、いくら楽しみにしていたことがあってもやはり外出はためらってしまいますね。実は10日に観た「タンゴ・ロマンティック」も、もともとは9日に行くつもりだったのです。ただ、前売券を買っているわけではなかったことと、同じ日に予定されていた別件のイベントの中止が早々に決定していたので、気象台の警告も加味して繰り延べたという次第。「タン・ロマ」はこの9日だけが昼夜2回公演で、制作側はかなり意気込んでいたようなのですが、天候に恵まれずちょっと残念だったみたい・・・。

 でも、もし私がデビュー当初からのファンで、ファーストコンサートの切符を持っていたとしたら、1980年10月14日はどうしていただろう・・・。雨が降ろうが、槍が降ろうが、やっぱり出かけているかな(笑)。


※ファーストコンサートのことについては次のファンサイトで触れられております。
 ファーストコンサート ~Gozei's Homepage -Topics-

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2004年10月11日 (月)

タンゴ・ロマンティック

 実は生れてこのかた、演劇というものを自腹で見たことがなかったのです。小学校のときに授業の一環でミュージカルを見た(見させられた?)ことがあるぐらいで、我ながら文化芸術方面には疎い生活だったなあとあらためて思う次第です。そんな私ですが昨10日、天狼プロダクション第16回公演「タンゴ・ロマンティック」の楽日を見てきました。
 ストーリーも、メインとなるキャストの方々のことも知らずに出かけたその訳といえば、“タツノコ座”座員のヴァイオリン奏者・カジカさんが出演されているという、ただその一点のみであります。補強材料としては、この公演が昨年の再演ということで、きっと評判の良い公演なのだろうということもあります。
 客席に入ってみると、女性のお客様がとても多い!なんか浮いてしまった感じですが、芝居が始まってみて納得。主役の石原慎一さんがかっこいいいいんだわ。これが・・・。歌も上手いしねー。物語の舞台は戦前の上海のジャズクラブということで歌や踊りが満載。そして上海という設定から主役の相手役である花木佐千子さんをはじめ女性キャストはチャイナドレスでの芝居が多く、その華麗な踊りを一層華やいだものにしていたのですが、時に目の遣り場に困ることも(笑)。で、お目当て?のカジカさんは公演の演奏担当なのですが、ジャズクラブの楽団員という役どころも兼務しております。もちろん、チャイナドレス着用です(^^)。←あ、それを見たくて行ったわけではありません。誤解なきように・・・少しは興味ありましたが(^^;。
 河合奈保子さんのDVD-BOXを取っ掛かりとし、尾崎亜美さんのコンサートを通してライブの音楽に少し目覚めてしまった私ですが、今回タンゴ・ロマンティックを見て、観劇もいいなあと思ってしまいました。純粋に芝居だけではなかったのでとっつきやすかった面もあるのですが、プロの役者の生の演技の迫力にすっかり見入ってしまいました。しかも劇中の音楽は生演奏ですからね、なんとも贅沢な2時間でした。
 抗日運動が湧き上がる上海事変前夜という時代背景のため、ストーリー自体は大変物悲しい結末を迎えて、何とも言えぬやるせなさを感じてしまったのですが、心にしみる芝居でした。もしかしらた音楽を通して想いは通じたかもしれない、いや通じかけていたのに時代がそれを許さなかったということでしょうか。好きな音楽を好きなだけ聴ける、歌えるということの幸せ、平和の大切さを、あらためて思ったのでした。

※企画制作した天狼プロダクションのHPはこちら
(「タンゴ・ロマンティック」の筋書きは「思い出の舞台」からご覧になれます)

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2004年10月 8日 (金)

環状運転

 全国的にはそれほどの話題になっていないようですが、名古屋周辺では大変な話題となっているようです。そう、6日から名古屋市営地下鉄名城線の名古屋大学-新瑞橋(あらたまばし)間が開通、全国初の地下鉄の環状運転が始まりました。(名古屋市交通局のPDFポスターはこちら
 全国初、とうたっていますが実は今から4年前、平成12年12月12日に東京都営地下鉄12号線の全線開業により環状路線を持つ地下鉄が誕生しています。しかし「ぐるぐる廻る」運転ではなく「6の字運転」であったこともあり、環状線というアピールが今ひとつでした。路線名にしても、一般公募までして選考委員が「東京環状線」に一旦決定したものの、知事の「山手線のようにぐるくる廻らないのに環状線はおかしい」の一言でひっくり返り、その知事が「これでいいんじゃないか」といった「大江戸線」という名称を選考委員が追認、という曲折を経ています。
 知事の言い分は一見理にかなっているようにも見えますが、ぐるぐる廻らないまでもちゃんと一周してくるのですから環状線でいいんじゃないかと思うのですがね。だいたい都営12号線が環状線と名乗ってはいけないのなら、道路の「環状七号線(環七通り)」と「環状八号線(環八通り)」は直ちに他の名前に改称してもらわなければバランスが取れません。アノ通りは一周すらしないのですから・・・。知事はもっと勉強してもらいませんと。記者に勉強させるだけじゃダメですぜ(笑)。といってアノ御仁が人の意見など聞くはずもないのだが(笑)。
 名古屋の名城線は名実ともに環状線なんですが、全ての列車が環状運転するわけではありません。データイムの時刻表を見ると、環状運転列車は2本に1本(10分間隔)。残りは名港線へ直通する大曽根-金山-名古屋港の区間運転列車です(10分毎)。都心側で乗客の多そうな大曽根-金山は両系統の列車合わせて5分毎の運転、そのほかの区間は10分毎となかなか良く出来たダイヤだと思います。そういえば、かつての国鉄大阪環状線も、データイムに環状運転するのはやはり2本に1本程度で、あとは大阪-京橋-天王寺という東側半周の区間列車でしたね。JRになってからは関西線や阪和線の列車が環状線の西側半分にたくさん直通するようになって、ダイヤががらっと変わりましたが・・・

 北関東在住なのになぜか名古屋ローカルのネタを綴ってしまいましたが、「全国初」のうたい文句に敬意を表してみました。

※ココログだけでも各種話題になっております

地下鉄・あおなみ線乗車記 ~たべちゃんの旅行記「旅のメモ」
開通! ~Groovy Sound
名古屋の地下鉄 ~うどんの打ち方
環状線 ~Morning View
地下鉄開通を祝う日 ~壊れる前に…
【名古屋】今日は名古屋の日(^^) ~淡海の国から on blog
地下鉄環状線 ~(Blog版)毒談と変見
名城線 ~ひさ茶屋

などなど・・・

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1981年10月5日(2)

 10月5日の記事で「メモリアルデー」という表現を使いました。「記念日」と書くのも何かしっくりこなくて、でも、そういう事実があった日であることは間違いがなく、文才のなさゆえ他に適当な表現が思いつかなかったものですから、自分でも少々の不安とイマイチ感が拭えないまま、「まあいいや」と出した訳ですが・・・
 案の定、長年のファンの方から『貴重なご意見』をいただいていしまいました。

河合奈保子音楽夜話日誌
 "メモリアルデー"という言葉には賛同いたしかねます。
N'S CONNECTION
 ある意味で特別な日ではあるけど
 Memorial Dayではないと思います。
 “特別な日”だけど“Special Day”ではない。

 音楽夜話日誌ではコメントにて”忘れられない日”という提案も頂いたのですが、どうもしっくりこないんですよね。特別な日というのも・・・。
 ということで、色々考えたのですが結局、今回は「文章そのものを削除する」ことにより目的が達成できることがわかりましたので、そのように記事を修正しました。ご指摘を受けてから記事を修正するというのは本来あまり好きではないのですが(修正前の記事をネタにして作成した記事が生きなくなってしまうため)、不快感を与える恐れのある文章を放置しておくのも何ですので、今回は修正しました。

 ところで、N'S CONNECTIONって「ウェブログ」なんですよね。トラックバックの機能を持っているのでしたら打っていただければよかったのに・・・。管理人さんに連絡する方法が見つかりませんので、ここを伝言板代わりに使わせていただきました。

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2004年10月 5日 (火)

1981年10月5日

 23年前の今頃、河合奈保子さんは入院先のベッドの上で何を思っていたでしょうか。そう、1981年10月5日といえば、奈保子さんがテレビ番組収録のリハーサル中、誤って舞台のセリ穴に転落し重傷を負った日であります。
本館・用語集の「転落事故」参照)
 今頃は一通りの検査が終わり、ベッドに横になっていたはず。しかし、この時点では奈保子さん自身は約2ヶ月もの入院・リハビリ生活が続くことになろうとは思ってなかったのでしょうね。担当プロデューサーから病状と今後の説明を受けたのは翌6日。目前に迫っていたコンサートを始め、長期にわたり仕事をキャンセルせねばならぬことを知って相当のショックを受けたそうです。
 自著の闘病記「わたぼうし翔んだ」では、ベッドの上で動けなかったときの気持ちをこう綴っています。前段として、それまで仕事が忙しく休みが殆どなかったということを念頭に置いて・・・

『あんなにも、自分の時間をのぞんでいた私。それが、突然の事故で、仕事はすべてキャンセル。 振ってわいたように時間ができたくせに、このむなしさは何でしょう。 動けないことをのぞけば、本も読めるし、一日中だって自分のことを考えていられます。 それなのに、今度は、休むことが不安でたまらないのです。歌いたくてたまらないのです。それなのに・・・神様ってイジワルですね。暮れに向かってかんばるぞって張りきっていたやさきに、こんなことをなさるなんて。 私は、たった一日のお休みが欲しかっただけなのに・・・。 昼間はニコニコ暮らせても、夜、一人で考え始めると、どうしようもなくつらくなってしまいます。 この胸の内を、いったい誰に話せばいいのでしょう。 このくやしさを、いったい誰がわかってくれるというのでしょう。眠れない夜が続きました。』
 このエッセーでは、ファンや関係者に迷惑を掛けてしまったこと、家族にも迷惑を掛けてしまったことなどについて再三にわたって申し訳ない気持ちを綴っているのですが、読んでいると「プロ意識」の強さは相当のもので驚いてしまいます。もちろん「普通の18歳の女の子」の部分も沢山あるんですけどね・・・特に元気が出てからのイタズラ攻勢とかは思わず笑ってしまいます。

 幸いにも後遺症が出ず、長い闘病を乗り越えて復帰を果たすことができたわけですが、入院当初の不安はいかばかりだったかと思うと、今日という日はきっと忘れられないだろうなと思います。奈保子さんご本人にとっても、当時からのファンのみなさんにとっても・・・。

同じタイトルのウェブログ記事がありますのでご紹介いたします。切り口が違います。
 1981年10月5日 ~Nazei's Homepage

※10月8日記事修正

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2004年10月 2日 (土)

夢の跡から

 今から10年前、94年に発売された河合奈保子さんの現時点で最後のシングル「夢の跡から」というと長年のファンの間では色々な感情があることと思います。確かに、前年11月に発売されたアルバム「engagement」の描く世界とは大きく異なり、演歌の香り漂う(っていうかずばりかも)楽曲なので戸惑いも大きかったと思われます。詞も曲もきれいといえばきれいなんですが・・・ね。

 この曲については作詞した八島義郎さんが「心の華 八島義郎作品集」でカバーしていると、本館談話室「奈保子さんの楽曲をカバーしたアーティスト」でご紹介していたのですが、立ち寄ったCDショップでたまたま見かけましたので衝動買いしてしまいました。2枚組みで税抜4854円と高かったんですが、結構厚めのブックレットもセットになっていたので、「もしや制作当時の話でも載っているかも」なんて感じたものですから。

 で、早速聴いてみたのですが・・・
 申し訳ありません。カバーについては誤情報でした。m(_ _)m
 96年に発売されたこのアルバムは、八島さんが詞を提供した楽曲のコンピレーションであり、提供先の歌手のものが収録されていたのです。よって「夢の跡から」も河合奈保子さんの歌唱、つまりCD-BOX「JEWEL BOX」と同じものが収録されていました(リマスタリングはされていませんが)。
 八島さんがセルフカバーしていると書いたのは、JASRACのホームページにリンクしているデータベース「音楽の森」で「心の華」のメインアーティストが「八島義郎」となっていたことを根拠にしたのですが、結果としてはこのデータベースが間違っていたということになります。以上のような顛末で「談話室」のほうも訂正しました。

 さて、ちょっと期待したブックレットのほうですが、こちらは八島さんの略歴のほかには歌詞と楽譜(八島さんが作曲したものに限る)が載っているだけで、特に本人コメントの類はありませんでした。なんか殆ど目的を達成しない買い物になってしまったのですが、本人略歴等は結構参考になりました。1914年8月15日生まれで、元々は彫刻家。「八島遥雲(よううん)」と号し、戦前から各種美術展の審査員をつとめていたとのこと。平成になってからも石版画を発表。
 自らが教祖とされる宗教のことについては一切触れられていません。しかし、ブックレットからは宗教の匂いがプンプン漂ってきます。略歴を「御略歴」と表記し、序文が全て尊敬語という具合で、如何にも信者が教祖のことを書いたという感じです。
 ま、私もここで奈保子さんのことを書くとき「ご出演」みたいな表現はしますが(笑)、奈保子さんを「宗教」にはしたくないですね。宗派を超えて幅広くその魅力を知っていただきたいので(笑)。

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