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2004年10月 5日 (火)

1981年10月5日

 23年前の今頃、河合奈保子さんは入院先のベッドの上で何を思っていたでしょうか。そう、1981年10月5日といえば、奈保子さんがテレビ番組収録のリハーサル中、誤って舞台のセリ穴に転落し重傷を負った日であります。
本館・用語集の「転落事故」参照)
 今頃は一通りの検査が終わり、ベッドに横になっていたはず。しかし、この時点では奈保子さん自身は約2ヶ月もの入院・リハビリ生活が続くことになろうとは思ってなかったのでしょうね。担当プロデューサーから病状と今後の説明を受けたのは翌6日。目前に迫っていたコンサートを始め、長期にわたり仕事をキャンセルせねばならぬことを知って相当のショックを受けたそうです。
 自著の闘病記「わたぼうし翔んだ」では、ベッドの上で動けなかったときの気持ちをこう綴っています。前段として、それまで仕事が忙しく休みが殆どなかったということを念頭に置いて・・・

『あんなにも、自分の時間をのぞんでいた私。それが、突然の事故で、仕事はすべてキャンセル。 振ってわいたように時間ができたくせに、このむなしさは何でしょう。 動けないことをのぞけば、本も読めるし、一日中だって自分のことを考えていられます。 それなのに、今度は、休むことが不安でたまらないのです。歌いたくてたまらないのです。それなのに・・・神様ってイジワルですね。暮れに向かってかんばるぞって張りきっていたやさきに、こんなことをなさるなんて。 私は、たった一日のお休みが欲しかっただけなのに・・・。 昼間はニコニコ暮らせても、夜、一人で考え始めると、どうしようもなくつらくなってしまいます。 この胸の内を、いったい誰に話せばいいのでしょう。 このくやしさを、いったい誰がわかってくれるというのでしょう。眠れない夜が続きました。』
 このエッセーでは、ファンや関係者に迷惑を掛けてしまったこと、家族にも迷惑を掛けてしまったことなどについて再三にわたって申し訳ない気持ちを綴っているのですが、読んでいると「プロ意識」の強さは相当のもので驚いてしまいます。もちろん「普通の18歳の女の子」の部分も沢山あるんですけどね・・・特に元気が出てからのイタズラ攻勢とかは思わず笑ってしまいます。

 幸いにも後遺症が出ず、長い闘病を乗り越えて復帰を果たすことができたわけですが、入院当初の不安はいかばかりだったかと思うと、今日という日はきっと忘れられないだろうなと思います。奈保子さんご本人にとっても、当時からのファンのみなさんにとっても・・・。

同じタイトルのウェブログ記事がありますのでご紹介いたします。切り口が違います。
 1981年10月5日 ~Nazei's Homepage

※10月8日記事修正

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