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2004年8月15日 (日)

ラジオに始まりラジオに終わる

 今日8月15日はいわゆる終戦の日。敗戦でも降伏でもなく、終戦と言い張ったのは時の政府がそれまでに数々の言い換えを生み出してきた一連の流れの延長上にあるのでしょう。

 さて、終戦といえば玉音放送があまりにも有名。先の戦争は、始まりも終わりもラジオが告げたのでした。しかし、玉音放送だけがクローズアップされますが、これは「終戦プロジェクト」の要ではあるものの、決してそれだけではない一連の実行計画のひとつととらえたほうが良いようです。
 玉音放送の発案は宮内省関係者とも天皇御自身とも言われていますが、実際のプロジェクトを組み立てたのは内閣情報局総裁の下村宏と言われています。下村氏は新聞社から放送協会に転身した後、情報局総裁となった人物であり、新聞とラジオの特性を熟知していました。全国一斉に戦闘行為を停止させ、かつ軍部の反乱を抑えるためには同時に全ての国民に情報を伝達する必要があるとされました。同時に情報を伝えるにはラジオ以外に考えられませんでしたが「送りっぱなし」という弱点もあります。リアルタイムで聞いていない人には直接伝わらないし、口伝えさえるうちに情報が化ける可能性もある訳です。一方、新聞は記録性という点でラジオを圧倒する強みを発揮します。回し読みされることで同じ情報が伝わるし、何より信頼感のあるメディアとして君臨していました。そこで考えられたプロジェクトは次の通りです。
・8月15日正午から玉音放送を実施する。
・8月15日の放送開始時からくり返し「正午の御放送」を予告する。
・昼間は家庭に送電していない地域でも放送時間帯には電力を供給する。
・送信所の送信出力を可能な限り大きくする。
・駅など人の集まるところでラジオを流すよう呼びかける。
・8月15日付朝刊の発売・配達を正午の放送終了後とする。

 放送を正午としたのは単に区切りがいいというだけではなく、最も聴取率の良さそうな時間であることも考慮してと言われています。電力供給については、当時の真空管式ラジオは電気が来ないとタダの箱になってしまうからですね。そして肝は新聞の発売タイミングです。事前に詔書全文を新聞社に渡し、終戦の記事を載せた朝刊を刷らせた上で、放送終了後に間髪を入れず発売する。ラジオによる情報を新聞で再確認させることにより終戦が間違いないことを認識させようという訳です。予告放送では「なお都合により今日の朝刊は遅れる」と付け加えています。

 このプロジェクトは、その動きを察知した軍部の一部が起こしたクーデターにより、東京・内幸町の放送会館が反乱兵に占拠され、5時の放送開始が遅れるという波乱の幕開けとなります。東部軍の説得に応じて反乱兵が退去し、ようやく放送が開始されたのは7時20分を過ぎてからでした。第一声はもちろん正午の放送予告です。
 以後プロジェクトは予定通り進行しますが、肝心要の玉音放送自体はその内容がよくわからなかった人が多かったといわれています。「勝つために奮起せよ」と呼びかけていると勘違いした人もいたらしいです。録音盤の音質が悪かったとか、受信状態がよくなかったとか色々言われますが、大きな要因は詔書そのものが漢文調で難解だったことと、負けたことを遠まわしにしか言っていないことだと思います。詔書では敗戦そのものについて

「朕は帝国政府をして米英支蘇四国に対しその共同宣言を受諾する旨通告せしめたり」
としか触れていません。共同宣言とは無条件降伏を勧告したポツダム宣言のことですが、そもそも政府はこれを「黙殺」しており、よってメディアも大きく取り上げずその意味するところが国民には知られていなかったと思われます。
 それでも、それまであり得なかった天皇自らの声が流れたことや、その後アナウンサーによる詔書代読や終戦に至る経緯の説明が放送されたこと、追いかけるように「終戦の詔下る」と新聞が発行されたことで、千島列島など一部を除きプロジェクトは目的を達成しています。

 ちなみに、終戦の日は8月15日とされますが、根拠となる詔書「終戦の詔」は8月14日付けです。15日は報道発表された日ということですね。


玉音放送を録音したCDを入手したものですから、こんなことに触れてみました。


#終戦の詔書全文がこちらに掲載されています。平仮名書きにしてあるので読みやすいですが、これを耳で聞いたら・・・。
<<終戦の詔書>> ~<<ライナーブログ>>


☆追記
 その玉音放送について東北放送がラジオドキュメンタリーを制作し、平成17年度(第60回記念)文化庁芸術祭ラジオ部門の大賞を受賞したということです。
 来週はスペシャルウィーク ラテログ的注目点2006年2月
   ~ラテログ

☆さらに追記(2008/8/15)
 当日の新聞の配達に関する予告について、追加記事を書きました。⇒再び玉音放送について

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コメント

いつもお世話になっております。
紹介とトラックバックありがとうございます。

文中で紹介されているプロジェクトのうち、
>8月15日付朝刊の発売・配達を正午の放送終了後とする。

というのは初めて知りました。確かに新聞とラジオのそれぞれの特性を生かした見事なメディアミックスですね。

投稿: tabo | 2006年2月20日 (月) 23:31

■taboさん
いつもブログにお邪魔してます。
1年以上も前の記事でトラックバックしてしまいました(^^;
やはり何事も適材適所というものがあるんだと思います。これからはネットの時代、何でもネットで出来ると言わんばかりのいわゆる情報技術系企業にもぜひ考えてもらいたいものです。

投稿: MARU | 2006年2月21日 (火) 22:47

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うちの「深夜の馬鹿力」の「スペシャルウィーク」企画に関する記事にリンクとトラックバックしてくださったtaboさんのブログ「ラテログ」の記事、「来週はスペシャルウィーク ラテログ的注目点2006年2月」に、2/27(月)未明にTBSラジオで終戦時の玉音放送に関する番組をやるらしいとありました。制作はTBSではなく、系列のTBC東北放送らしいですけど。 ちなみに「玉音(ぎょくおん)」とは、天皇陛下のお声という意味で�... [続きを読む]

受信: 2006年2月19日 (日) 23:06

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