« ヒロシマに1番電車が走った | トップページ | ラジオに始まりラジオに終わる »

2004年8月12日 (木)

「がんばらない」という選択

 先日の『「がんばる」とは』という記事について、なおとさんに続いて匿名希望さんからもお便りを頂きました。
 お二人とも「いまの各ファンサイトを充分楽しませてもらっています」というトーンで、ファンサイト管理人の端くれとしてはありがたい言葉だったのですが、匿名希望さんのお便りにはハッとしてしまいました。

『何事もそうだと思うのですが、「がんばる」=「余裕が無い」だと思うのです。 そして、奈保子ちゃんは今、「がんばっていない」と思います。 ゆったりと、ご家族と自然にすごしていると思います。 そんな奈保子ちゃんを、これまた「がんばらず」に、ゆったりと見守るサイトがあっていいと思うのです。』
 私も「静かに応援していきたい」なんて書いておきながら、どこかで「がんばろう」としていたところがあります。  雑記帖の間隔が開かないように何か書かなきゃ、  でもどうしたら河合奈保子さんの話題につなげられるだろう、  バースデーはやっぱり盛り上げないとなあ、  雑記帖ばかりで談話室が進まないなあ・・・ それらは決して苦痛ではなく、楽しみのひとつとも言えたのですが、心にゆとりを持つという感じでもありませんでした。

 しかし、今回のお便りに接して「がんばらない」という選択肢もあるのだ、ということが認識できて、正直に申してほっとしました。最近「どこまで続けることができるだろうか」と自分でも思うときがあったのですが、心にゆとりを持ち「がんばらない」ことで長く続けられそうな気がします。

 もちろん、「がんばってほしい」というかたもいらっしゃる訳ですし、その想いもわからないではありません。私は後追いファンです。ファンになってまだ2年も経ってませんから、まだゆったりと見守る余裕を持つこともできそうです。でも後追いでないファンの方はもう8年も奈保子さんのことを待ち続けているんですよね。「もう待てないよ」という声が聞こえてきそうです。

 でも先のお便りを読み返したりして考えるに、あまりに「がんばって」しまうことはかえって奈保子さんにプレッシャーみたいなものを与えてしまうような気もして、ここはやはり「静かにゆったりと見守る」というスタイルが当店には合っているのかなあと思った次第です。


 ただ・・・完全版DVD-BOXの件だけは”大きな流れ”が出来るといいなと思っています。これは奈保子さんご自身が「がんばらなくても」実現可能なのですから。

|

« ヒロシマに1番電車が走った | トップページ | ラジオに始まりラジオに終わる »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/7234/1175880

この記事へのトラックバック一覧です: 「がんばらない」という選択:

« ヒロシマに1番電車が走った | トップページ | ラジオに始まりラジオに終わる »