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2004年3月26日 (金)

愛宕山と川口の接点

 どうにも適当なタネがないので、3月23日の記事に関連したことを少し。
1925年に完成した東京・愛宕山の東京放送局局舎は1938年の放送会館の完成により放送機能が移転したと書いたのですが、実はそれよりも一足先に役目を終えていたものがあります。それは送信所としての役目です。
 愛宕山の東京放送局には、スタジオとともに送信機と送信アンテナがあり、いわば自己完結で放送を送り出していました。しかし敷地が手狭であり、サービスエリア拡大のための出力増強が難しかったようで、結局1928年、埼玉県川口に新しく新郷放送所を建設し、大電力放送を開始することになります。まあ、大電力といっても10kWですが、愛宕山時代は1kWでしたから当時としては画期的だったようです。以後愛宕山はスタジオの機能だけになり送信は川口でと役割分担がされましたが、愛宕山の送信設備は予備として残されました。(現在は取り壊されてありません)
 やがて新郷放送所も更なる大電力化のため埼玉県菖蒲にあたらな送信所が建設され役目を終えました。で、その跡地が何になったかというと、他でもない「NHKアーカイブス」なんですね。ラジオの歴史を刻んだ愛宕山と川口という場所が、放送博物館とNHKアーカイブスになっているというのは偶然の一致でしょうか。NHKアーカイブスさん、早く紅白歌合戦(全回分)とか、レッツゴーヤングとか、ドラマ人間模様とか、公開してほしいなあ。権利関係の処理が大変らしいですが、期待してます。

【2007.3.22追記】
 新郷放送所の跡地について誤認がありました。NHKアーカイブスは川口放送所の跡地に建てられています。訂正記事はこちら

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