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2004年3月31日 (水)

さよなら「ラジオたんぱ」

 3月31日でおしまいというと、世間では「営団地下鉄(帝都高速度交通営団)」のお話が大量CMもあって話題となっていますね。そんな話題に隠れてしまっていますが、「ラジオたんぱ」という局名も3月31日で消えてしまいます。
 1954年に開局した「日本短波放送」は1978年から「ラジオたんぱ」を局名(愛称)として使用してきましたが、日本短波放送という社名自体が昨年10月に「日経ラジオ社」に変更されており、この4月1日から局名も「ラジオNIKKEI」に変わります。短波放送は継続しているのですが衛星ラジオやインターネット放送にも進出しており、局名と実態が合わないということのようです。思いっきり新聞社の冠がついていて、これまでと全く違った印象になりますが、まあ「毎日放送」「朝日放送」「よみうりテレビ」みたいなもんなんでしょうね。

 ラジオたんぱは学生時代、夕方の公開生放送をよく聴いていました。私よりもう少し上の年代の方だと「ヤロメロ」なんでしょうが私のころは「はしゃいでマルマル大放送」「満載ラジオ555」でした。東京・赤坂の米国大使館向かいにある本社スタジオ(ゼロスタ)にもよく行きましたね。公開番組の最後となった「満載ラジオ555」の最終週のときは、スタジオに入れるのもこれが最後と思って月曜から金曜まで通い詰めだったなあ。とてもリスナーと距離が近い感じでよかったです。自由に録音もさせてくれたし・・・。毎日放送の石田敦子アナウンサー(今は東京に転勤されてアナウンサーから離れているそうですが)も、入社前にこの番組の公募パーソナリティとして活躍されていましたね。今でもスタジオで撮った写真と録音テープを持ってます(笑)。ヤング向け番組が無くなってからほとんど聞かなくなってしまったたんぱでしたが、不思議といまでも愛着があります。

 短波放送は基本的に中継局なしで日本全土をサービスエリアにでき、かつて民放の全国中継網がなかった時代にラジオ東京(現・TBS)も参入する計画があったそうですが免許が下りずに実現せず、今に至るまでラジオたんぱが国内唯一の短波放送局として存在感を発揮していました。そういう意味でも「短波」という響きには特別なものが感じられたのですが、社名に続いて局名からも短波の名が消えるのは時代の流れとはいえ淋しいですね。

冒頭の営団地下鉄の件も感慨深いものがありますが、長くなりますので別の機会に・・・
このところ奈保子さんの話題に結びつくお話をしていないのですが、雑記帖というタイトルに免じてご容赦ください。m(_ _)m

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2004年3月28日 (日)

憂鬱な時期

 いよいよ野球シーズンですね。かつてはこの季節になると憂鬱になったものです。いや野球そのものが嫌いという訳ではないのですが、民放ラジオが野球中継一色になってしまってプログラムがめちゃめちゃになるのがたまらなく嫌だったんですね。
 1980年前後の東京のラジオ局は平日夜は局アナのヤングむけ生ワイド番組でしたが、本来は21時スタートなのがこの時期は21時30分スタートに短縮。しかし野球中継は試合終了まで放送するので、試合が延びると容赦なく開始時間が遅れていく・・・。番組の終了時間は変わらないので内容短縮になってしまうんですね。番組によっては開き直って「番組開始時間当てクイズ」なるものまでやってました。事前に開始予想時間を葉書に書いて送り、ぴたりの人から抽選でプレゼントを贈るという。。
 一方土日になるとまた事情が変わります。土日の夜は歌手などの30分番組(録音放送)が多かったのですが、生ワイド番組のように柔軟な対応がとれないので野球が押すと番組休止に追い込まれてしまいます。ひどいときには2~3週番組が飛んだりしたのですから聴取者もなめられたもんです。番組によっては、30分番組でも15分バージョンを用意しておき、試合展開によって差し替えるなんてこともしてました。
 しかもですよ、たまに試合が20時30分ぐらいに終わって「よーし今日は定刻どおりだ」なんて喜んでると、「試合が早く終わりましたので引き続き○○球場から○○戦をお送りします」なんて、がーん、やめてくれよそんなの・・・バカヤローって叫んでましたね。
 こんな状況ですから、本来の番組が楽しみだった私としては、「雨で試合中止」が何より嬉しかったなあ。
 どうしてこうラジオは野球中継至上主義なのだろう。しかも基本的に全局横並びで同じ試合を流すんですよ、今でも・・・なんとかならないんですかねえ。こうした状況は。

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2004年3月26日 (金)

愛宕山と川口の接点

 どうにも適当なタネがないので、3月23日の記事に関連したことを少し。
1925年に完成した東京・愛宕山の東京放送局局舎は1938年の放送会館の完成により放送機能が移転したと書いたのですが、実はそれよりも一足先に役目を終えていたものがあります。それは送信所としての役目です。
 愛宕山の東京放送局には、スタジオとともに送信機と送信アンテナがあり、いわば自己完結で放送を送り出していました。しかし敷地が手狭であり、サービスエリア拡大のための出力増強が難しかったようで、結局1928年、埼玉県川口に新しく新郷放送所を建設し、大電力放送を開始することになります。まあ、大電力といっても10kWですが、愛宕山時代は1kWでしたから当時としては画期的だったようです。以後愛宕山はスタジオの機能だけになり送信は川口でと役割分担がされましたが、愛宕山の送信設備は予備として残されました。(現在は取り壊されてありません)
 やがて新郷放送所も更なる大電力化のため埼玉県菖蒲にあたらな送信所が建設され役目を終えました。で、その跡地が何になったかというと、他でもない「NHKアーカイブス」なんですね。ラジオの歴史を刻んだ愛宕山と川口という場所が、放送博物館とNHKアーカイブスになっているというのは偶然の一致でしょうか。NHKアーカイブスさん、早く紅白歌合戦(全回分)とか、レッツゴーヤングとか、ドラマ人間模様とか、公開してほしいなあ。権利関係の処理が大変らしいですが、期待してます。

【2007.3.22追記】
 新郷放送所の跡地について誤認がありました。NHKアーカイブスは川口放送所の跡地に建てられています。訂正記事はこちら

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2004年3月23日 (火)

放送記念日

 昨日3月22日は放送記念日でした。日本における放送の始まりを記念した日なのですが、どうも影が薄いですね。2月1日はここ1年間「テレビの誕生日」として広く告知されたので、テレビ放送開始の日としてご記憶の方も多いと思いますが、3月22日はラジオ放送開始の日なのであります。1925年のこの日、JOAK東京放送局がラジオ放送を開始したのでした。第一声「アー聞こえますか、JOAKこちらは東京放送局であります」は有名ですね。
 最初のラジオ放送というと、東京・愛宕山から放送されたと思われているかたもいるようですが、実際には放送開始当時は愛宕山の放送局は未完成で、芝浦にあった東京高等工芸学校に仮設された放送機からの放送でした。スタジオは図書室を充てたとされています。このため、放送開始当時は「仮放送」とされていました。7月には愛宕山の新局舎が完成移転し、このときから「本放送」となったそうです。
 しかし愛宕山時代は案外と短期間で終わりを告げます。1938年、東京・内幸町に「放送会館」が完成し、放送機能はそちらへと移転してしまいます。愛宕山の局舎は送信塔とともにそのまま残され、戦後は放送博物館に衣替えしましたが、老朽化に伴い惜しまれつつすべて取り壊されました。現在の放送博物館は、その跡地に新しくビルを建てたものです。
 放送博物館を訪れると、その愛宕山時代の放送局のミニチュア模型が展示してあります。かつての放送博物館というと、ハード(受信機、放送機材)メインの展示でややマニアックな感じでしたが、テレビ放送開始50年にあわせたリニューアルでソフト(番組)に関する展示が充実し、より幅広い層が楽しめるようになりましたし、川口のNHKアーカイブスのリモート端末も設置されました。奈保子さんの出演されている紅白歌合戦も視聴できます。紅白歌合戦の歴史のコーナーには、86年の紅白で弾き語りをする奈保子さんの写真も飾ってありますので、お近くの方はぜひどうぞ。入場無料ですので・・・。

 ☆

 2005年のリニューアルで紅白歌合戦のコーナーはなくなりましたが、奈保子さんの写真はマイクロホンの歴史のコーナーに移設されて健在です。⇒レポはこちら

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2004年3月21日 (日)

番組終了の季節

 3月も半ばということで、放送の世界はいわゆる改編期に突入しています。特にラジオ放送は、野球シーズンになると夜の6~9時台はナイター中継一色になりますので、この時間の番組は必ず終了する運命にあります。まあ、まれに時間帯移動で存続するものもありますが・・・。
 文化放送(東京・1134kHz)で昨年10月から放送されていた「SUPER COUNTDOWN TRIBUTE」も、昨日3月20日で最終回でした。番組の最後で、DJの藤沢香苗さんが「また10月にお会いできるといいですねえ」とおっしゃっておりましたが、この手の話はだいたい実現しないことが多いんですよね、残念ながら。

 最終回は「決定!全日本歌謡選抜」の1984年3月18日付リクエストランキングをトリビュートしていましたが、見事「微風のメロディー」が4位にランクインして曲がフルコーラス掛かりました。なんでしょうねえ、曲紹介はイントロが流れてからなんですが、もうイントロの最初の1音が出ただけですぐにわかって「お~、きたきたきた・・」と喜んでしまいました。昨夜はやけにフェージングが多くて、決して音質はよくなかったけど、普通の放送で奈保子さんの曲がかかると、もうそれだけで嬉しいんですよね。ああ、これでまた奈保子さんのこと思い出してくれる人がいるんじゃないかなあと。先日の「タモリ倶楽部」と同じですね。そういえば、東京では19日のタモリ倶楽部でも、番組中で「大きな森の小さなお家」のイントロが10秒ほど流れたそうで・・・。
 なお、微風のメロディーよりも上位だったのは、安全地帯、松田聖子、近藤真彦でした。参考までに。

 先ほど、テレビのニュース速報がいかりや長介さんの訃報を伝えていました。享年72歳とのこと。あまりに突然で驚きました。ドリフの番組には奈保子さんも数多く出演されていましたね。ご冥福をお祈りします。

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2004年3月19日 (金)

誕生日

 誕生日って、あれ、奈保子さんは7月24日でしょ?。。はいその通りですね。今日は曲を提供して頂いた尾崎亜美さんの誕生日です。ちなみに明日3月20日はデビュー記念日。奈保子さんとは約6才違いですが、芸歴でいうとデビューされたのが19才ですので約4年の差ということになります。
 もし亜美さんが自作期の奈保子さんをプロデュースしていたらどうなったかなぁ。時間軸的にありえない話になってしまうのかもしれませんが、亜美さんがmyu:さんという方をプロデュースされている(正確にいうともう「卒業」)のを見ると、そんなことを思ってしまいます。ちなみにmyu:さんはさすが亜美さんが手がけるだけあって大変に歌のしっかりした方です。こういう方がどんどんヒットチャートに出てくるようになるといいんですがねえ。

 さて、またまた雑記帖のレイアウトをいじってみました。両サイドバー構成にしたため今までより幅広になってしまいましたが、「最近のトラックバック」を表示させようとすると表示量的に片サイドバーだとさすがに限界が・・・
 ちなみにココログはブラウザによっては正しく表示されないとの事例が報告されています。もしご覧になっていて「形が崩れている」という方は遠慮なくお便りでご指摘ください。根本解決法がないみたいですが、型崩れしてもなんとか読めるレイアウトに再変更を考えたいと思います(多分もとの片サイドバーに戻すしかないでしょう・・)。

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2004年3月16日 (火)

久しぶりに東京で音源を

 きょう16日は、奈保子さんが「西城秀樹の弟・妹コンテスト」の決勝大会で優勝した日。つまりデビューを決めた記念日ですね。だからというわけではないのですが、東京出張のついでに音源を収集してきました。
 例によって神田神保町界隈で手に入れたのは「Masterpieces」「NAOKO THANKSGIVING PARTY」そして「さよなら物語」。さよなら物語はLPですが他はCDです。もちろんすべて中古。
 MasterpiecesはJEWEL BOX2を持っているとほとんど意味はないのですが、BOX2に「静かの海」が収録されていないのが気になってしまいまして・・・。
 NAOKO THANKSGIVING PARTYもJEWEL BOX2やPURE MOMENTSにいくつか収録されているし、2枚組の割りには収録曲が少なくて割高なのですが、やはりライブ音源はすべて持っておきたいということで手を伸ばしてしまいました。
 さよなら物語はあ~る盤で入手済み。でもジャケットがいいのと5周年記念盤vol3だしということで買ってしまった次第。

 さらに、奈保子さん以外のものとして、来生たかおさんの「By My Side」(LP)、尾崎亜美さんの「ピア ノアール」「アミフォニック」「HOT BABY」(ここまで新品CD)、「Air Kiss」「MIND DROPS」(LP)も手に入れました。お二人とも奈保子さん繋がりですが、コンサートに行って以来、亜美さんの比重が高くなってきたのは確かです。あ、でも本業?はあくまで奈保子さんですから・・・そこはご安心ください>ファンの皆様

 ちょっと散財気味ですが、「UNバランス」の歌詞じゃないけど何かがブレーキを外しにかかっているんでしょう(笑)。
 全部聴くまでそれなりの期間が必要でしょうから、その間充分楽しめそうです。

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2004年3月15日 (月)

テレビ放映の影響力

 13日の雑記帖のとおり、関東地区では12日深夜(正確には13日未明)に「タモリ倶楽部」で「河合奈保子振り付け祭りの特訓現場に潜入」が放映されたわけですが、その影響でしょう、13日トータルの当店への接続数が過去最高を記録しました。大体いつもの3倍程度です。アクセス解析サイトでデータを拾ってみると放送時間中だった0時台に接続が集中してます。この時点ではマスターは番組は見てたもののリアルタイムでサイト更新はしておらず、せっかく接続いただいても関連の話題は放送予告のみという状態でしたので、ご期待には応えられなかったのではないかと・・・。
 翌14日もいつもの5割増以上ですし、この2日間は検索サイトからの来訪も多く、あらためてテレビの影響力を感じた次第です。関西地区の放映が17日深夜だそうですから、それでまた接続が増えるようならテレビの影響は本物ですね。
 そんなわけで、タモリ倶楽部をご覧になって歌手・河合奈保子という存在を思い出してくださった方も多かったのではないかなあと類推します。そう考えるとこのたびの放映は実に貴重な、ファンとしては喜ばしい機会でした。

 そう、テレビの影響といえば、ご紹介ココログにある「賽は投げられた」でもかつて同じような事態が報告されていましたね。大泉洋さんがミュージックステーションに出演されたら接続が急増したと。
 2004年2月14日「大泉祭」の余波が・・・

 話は変わりますが、テレビといえば残念だったのは、NHK衛星第二でここ1年放送してきた「BSあなたが選ぶ時代の歌」はついに奈保子さんの曲が1つも流れることなく14日に終了しました。この番組、視聴者のリクエストを募っていたものの、番組が用意した選曲参考リスト1000曲の中に奈保子さんの曲はエントリーがなかったのですから、スタートからして不利ではありました。紅白歌合戦に6回連続出場と、NHKでの実績は手堅くあげておられる奈保子さんなんですけどね。まあ、(諸々考えるとそんなもんかなあ)と自分自身を納得させてはいますが。。。

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2004年3月13日 (土)

“河合奈保子”振り付け祭り

 関東地区(テレビ朝日)では12日深夜に放送されたタモリ倶楽部、ご覧になった方も多かったことと思います。すでにいくつかのファンサイトBBSには感想がUPされていますが、これからご覧になる地区の方もいらっしゃるので、ここではそういった方も放送が楽しめる程度に触れてみましょうか。

番組タイトル
 当初YahooTVで「河合奈保子振り付け祭り」となっていましたが、その後「80年代を代表するアノ伝説のアイドルが今夜復活!生誕41周年」に変わりました。当日の新聞ラテ欄(東京新聞)の発表では「伝説のアイドル・・・」となっていましたが、実際の放送では次の通りでした。

 生誕41周年記念!
 “河合奈保子”振り付け祭りの特訓現場に潜入!!

出演者
 タモリ、石田靖、松村邦洋、
 ソワレ(シャンソン歌手)、まあくん(大阪地区でDJなど)

 番組の内容ですが、タイトルでおおよそ想像できるのではないかと思います。ちょっと心配だった取り上げられ方については、ちゃんとアイドル歌手としての扱いでしたしへんなツッコミもなかったので安心して見られて、かつ大いに笑える仕上がりになっていました。ソワレさんの奈保子さんどっぷり度は並々ならぬものがあります。必見ですコレは。それにしてもプロのシャンソン歌手が奈保子さんの曲をソラで振り付きで完璧に歌ってしまうのは驚きです。敬意を表して公式サイトを紹介させていただきます。
 SOIREE HOMEPAGE

 ちなみにマスターはというと、やはり「スマイル・フォー・ミー」ではテレビと一緒に振り付きで歌ってしまいました(笑)。

 たとえご本人が出演されなくても、こうして奈保子さんの話題で盛り上がる番組が企画・放送されたことは嬉しいものですね。いつもどおりにタモリ倶楽部をご覧になっていて再発見されたかたもいらっしゃったのではないかと思うと。それと、一体誰が企画したんだろう、なんてとても興味ありますね。スタッフにコアなファンの方がいらっしゃるのかな?「生誕41周年企画」というのが、誕生月の7月でもないのに中途半端な感もありますし・・・

 最後に、ご覧になった方がコメント・感想をアップしているブログ(はてなダイアリー)がいくつか見つかりましたので参考までに・・・これから見るかたは見ないほうがよいかもしれませんが。

bajaの日記
SIDE-B@ねぼまな
おっくだの男・一人日記
涼色商會 貸借対照表

【後日談】
・当店の接続数が増えました
  →3月15日の記事
・ソワレさんのお店に行きました
  →4月5日の記事
・当店リンクサイト「河合奈保子FanSite Side-B」
 詳細な解説がUPされました。
  →奈保子コラムVol.15

※本文中に一部失礼な表現があるとのご指摘により2004年3月14日午後加筆修正しました。

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2004年3月 9日 (火)

芸能人・著名人のblog

 ニフティのblogサービス・ココログも利用者が2万人を超えたそうですが、芸能人・著名人のココログも登場しています。

 吉井怜オフィシャルココログ
  ほんとうのREIの思いがココだけに。
 室井佑月blog
  人気作家の知られざる日常風景

 ついに、という感じですが、よく見るとニフティとのタイアップという感じもしないではありません。だってデザインが標準仕様じゃないし、ココログの宣伝も入っているし・・・。まあニフティのココログにかける意気込みは伝わってきます。なんせ社長自ら「古河建純 インターネットblog」を開いているぐらいですから。ちなみに社長のココログは標準デザインを使用していて好感がもてます。ユーザーと同一の条件であれこれやってみようという・・・
 冷静に考えれば、オフィシャルホームページをお持ちの芸能人・著名人は数多い訳で、それがたまたまblogというシステムを使っているかどうかと言うだけの話ですから、とりたてて驚くことではないのでしょう。ただ、お手軽に開設できて、コンテンツにあまり悩むことなく日記感覚で更新できて、htmlだ何だということを一切考える必要のないblogという仕掛けは、裾野を広げる可能性はあるんじゃないかなと思います。また読者からのトラックバックでご本人との交流もできますし。とはいっても、奈保子さんがblogを開設するとは思えませんが・・・。

 それにしても、20年ほど前、つまり奈保子さんがアイドルとして活躍されていたころは、インターネットなんて影も形もなかった訳で、今のホームページの役割を担っていたのは間違いなくラジオだったと思います。当時人気アイドルはたいてい自分の番組を持っていたり、ピンではなくても出演番組があって、特に土曜とか日曜の夜などはそうした番組が目白押しだったように記憶しています(関東の場合)。リスナー(ファン)が番組に葉書を送る。それをアイドルが読む、ということで立派に2WAYコミュニケーションが成立していましたし、アイドルの側にすればプロモーションの場にもなっていました。深夜放送全盛時からはちょっとずれていたけど、まだまだラジオが活気あるメディアでした。

 いま、ラジオからかつてほどの活気がなくなりラジオファンとしては淋しい一方、逆にファンの側が簡単にホームページやblogで情報発信できるようになり、それをアーティストがご覧になっていてコンサートでMCのネタにするなんてことも起こるようになりました。これはこれで嬉しいことではありますね。

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2004年3月 5日 (金)

ラブレター

 最近よく出入りしている当店リンクサイト「尾崎亜美研究室」の管理人さんがBBSで「ラブレターはアイドルポップスの王道ではないか?と思ったりもした」なんて告白されておりまして、う~ん、なかなか目の付け所がシャープだ、などと思った次第です。
 確かにこの曲、ファンの人気も高く、自作期以前のコンサートではアンコールでよく歌われていたそうですし(参考:「JEWEL BOX」添付のブックレット)、自称B級ライターの吉村智樹さんも、『河合奈保子の凄さは「ラブレター」で存分に堪能できる』と語っておられます。(カッコ内引用:「別冊宝島 100万人のアイドルポップス 青春復刻!ときめきアイドルポップス150」より)
 マイナーからメジャーに、またマイナーにと転調してゆく構成は「ヤング・ボーイ」などとともに奈保子さんお手の物と言った感じのものですね。よく作りこまれた感じといったらいいのかな。そしてレコードでは切なさが伝わってくる歌唱が良いです。コンサートでは一転、ファンとの掛け合いで大いに盛り上がる曲に変身するわけですが・・・・
 個人的にも、初期の奈保子さんの曲では、この「ラブレター」と「夏のヒロイン」が好きですねえ。

 それから忘れてはならないのは、NHKホールでの転落事故(81年10月)から復帰後の楽曲(81年12月発売)ということで、ご本人にとってもファンにとっても思い入れ深い曲でしょうね。このあたり、後追いのマスターではなかなか推し量れないものがあるのですが、よろしければ当時からのファンの方のご意見などもお聞きしたいなって思います。

☆ラブレターの歌詞はこちら

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2004年3月 1日 (月)

映画の中の「音」

 昨日は、泣ける映画として話題の「解夏」を観てきました。いつのまにかロングラン上映になったそうで、マスターの近所でも上演しだしたので、まあ話の種にぐらいの感じで行ってみたというわけです。で、映画のストーリーなどについては公式ページに譲るとして、やはりここは一応「音楽サイト」ですから音に関連した話題を・・・

 この映画、確かに泣ける映画なんですが、映像やせりふの力もさることながらバックに流れる音楽の力も強いなあ、と改めて思うのです。音楽が流れてくると、なんか条件反射的に涙腺がウルウルしてくるんですね。初めて聴く曲なのに、なんなんでしょう、これは。映画音楽って重要なんですね。といっても、たとえばサントラ盤で映画音楽だけ聴いて泣けるかというと、そうでもなさそうな感じです。あくまで映像あっての音楽、なのかなあ。
 映像と音楽の結びつきで印象が深まるということはテレビのニュースやドキュメントなどは注意しなければならないですね。BGMで意図的に聴取者をある一定の方向へ持っていくこともできるわけですから。

 それと効果音の話を少し・・・この映画は長崎を主な舞台にしているのですが、「ああ、そうだそうだ」と思ったのが教会の鐘と電車の音です。以前長崎に行ったときも印象深かったのはこの音だったんですよ。教会の鐘の音については、映画のストーリーのなかでキーワード的に使われているのですが、地形の影響なのか良く響く印象が残っています。電車の音のほうはストーリーとの関連はないですが、鐘の音とともに長崎を象徴する音として使っているのかなと思います。長崎の電車は路線によっては2~3分間隔ですし、右折で線路内に入ってこようとする自動車をけん制するためにしょっちゅう警笛を鳴らしてますので、実際に街の中にたたずむといやでも耳に入ってきます。そんなわけで、泣ける映画でもあるのですが懐かしい思いも感じながら観ていた次第です。

 さて、ここで2月29日の雑記帖について、補足を少し・・・
 まず、うるう日は4年に1度なんて書きましたけど、実際には例外規定があってそうでない場合もあります。うるう日の入れ方については2月29日のココログ各サイトにたくさん取り上げられていますので、ココログルで検索してみてください(この画面右側の「検索」でどうぞ)
 もうひとつ、2月29日生まれの方の年齢計算ですが、計算方法としては間違っていないのですが誕生日の取り扱いが明確でありませんでした。昨日の記事だと、平年は誕生日がないことになってしまいますが、実際には平年の場合は2月28日を誕生日とすることになっています。そして、平年の場合は2月28日、つまり誕生日当日の満了をもって歳が増えます。一般の方は誕生日前日の満了をもって歳が増えるので、これは例外措置ということになりますね。

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