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2004年1月30日 (金)

ラジオ少年

 1/27の雑記帖で
アイドルに面と向かって呼び捨てするのが売り?だった某ラジオ番組のDJ
と書いたのですが、音楽夜話さんにトラックバックでタネ明かしをされてしまいましたね。(笑)
まあ、ウチでも「ラジオ・テレビ」コーナーではしっかり書いてあることなので、気が付く人は気が付いているはずなんですけど・・・・で、読み返してみたら、小川さんの漢字が間違っているのに気づき、あわてて修正しました。(汗)

 さて、そんなマスターは、ちょうど奈保子さんがアイドルとして活躍していた時期、「ラジオ少年」でありました。親の躾が巧みだったのか、親自身がラジオ好きだったのか、とにかく昼間は食事どき以外はテレビをつけないという不文律みたいなのがあったし、小学生のとき長期入院した際、ポケットラジオを友としたのもその後に影響を及ぼしているのかもしれないです。
 土曜や日曜になると、とりたてて特定の歌手のファンではないけど(これが痛恨なのだが)各局の音楽番組をずっと聴いていたりしましたね。その中で印象深いのが、やはり「決定!全日本歌謡選抜(東京・文化放送)」だったわけです。小川さんの馴れ馴れしい司会ぶり、丹羽孝子アナとのバトル?、バックに流れる偽コンピュータ音(ピーヒャラ、ダダ、ダダっていう音だった・・・昔の大型コンピュータね)、電話リクエストの末尾制限、みんな懐かしいなあ。ゲストもスタジオ、電話含め結構登場していて、もちろん奈保子さんも何度となく出演されたと思うのですが、個別の記憶は残念ながら残ってないですね・・・

 で、ラジオ好きが高じて、ラジオ作りに手を染めたのもこの頃。当時、町のおもちゃ屋や模型屋には、当たり前のようにトランジスタラジオのキットが置いてありました。それらを簡単そうなものから順に買ってきては組み立てていましたね。音が出た瞬間の感動がイイのです。
 就職したころから、だいぶテレビ寄りの生活になりましたが、今またラジオ中心の生活に戻りつつあります。原因はインターネットです。パソコンの画面を見ながらテレビはきついですから・・・自然とラジオに手が伸びます。今も傍らで、キットを組み上げた真空管ラジオが「深夜便」のやわらかい音を奏でています。

ん、奈保子さんのラジオの話がないって?
では「賽は投げられた」から「なおたつ賞の思い出」をご覧ください。(笑)

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2004年1月27日 (火)

アイドルは呼び捨てが当然?

 1/17の雑記帖にて『「河合奈保子」をどう呼びますか』というアンケート結果に対して『「以前は奈保子ちゃんだったけど今は奈保子さん」という方がどれくらいいらっしゃるのか、気になります。』とお話したのですが、これに対する見解として河合奈保子音楽夜話よりトラックバックを受けております。

アイドルについて語るときは、当然呼び捨てでしたね。
敬称を付ける方がヘンでした。
「以前は呼び捨てだったけど今は奈保子さん」

 ※引用元:「河合奈保子音楽夜話」2004.1.18「河合奈保子」をどう呼びますか?

 う〜ん、そんなもんなんですかねえ。仲間うちの会話はなんとなくわかりますが、書き物でも呼び捨てだったのかなあ。まあ、アイドルに面と向かって呼び捨てするのが売り?だった某ラジオ番組のDJというかたもいらっしゃいましたが・・・

 さて、これに付随して

キョンキョンとかミポリンとかの愛称で呼ばれるのは本人的にはどうなんでしょう?
永くファンを続けるには愛称はかえってない方が良いかもしれませんね。

 ※引用元:同上

という投げかけがありましたが、やはり同じことを考えていらっしゃるかたがおります。

アイドル時代の愛称というのは
芸能界にいる限り、
永遠に言われ続けるのでしょうかネ?

※引用元:「白夜の夢」2004.1.21「みぽりん」

 あくまで個人的にですが、キョンキョンはあんまり違和感が無いのかなあ、と思います。ミポリンはちょっとね。
南沙織=シンシアみたいに、あまり時の流れに左右されない愛称もあります。

 アイドル以外に目を向ければ、愛称のある芸能人、有名人はたくさんおられるし、長続きしているわけです。ごく一例として
 愛川欽也=キンキン
 白石冬美=チャコ
 ばんばひろふみ=バンバン
 落合恵子=レモンちゃん
 田端義夫=バタヤン
 ・・・

「ちゃん」づけの例としては
 萩本欽一=欽ちゃん
 坂本九=九ちゃん
 北島三郎=サブちゃん
 ・・・
(以上敬称略)

奈保子さんも「奈保ちゃん」だとあんまり違和感ないかもしれません。

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2004年1月25日 (日)

ヤンタンの奈保子さん

遅れてきたファンであり、かつ関東圏に棲息しているマスターは、奈保子さんが出演されていたラジオ番組のなかでは最も有名と思われる「MBSヤングタウン火曜日(通称ヤン火)」は残念ながら聴いたことがありません。もちろん、MBSラジオ(大阪)は中波の大電力放送(50kW)であるため、電離層反射の起こる夜間になれば関東でも良好に聞こえるのですが、いかんせん聞こうとするきっかけが無かったんですね。で、常々どんな感じの放送だったのかなあと思ってはいたのですが、その一端が垣間見える記事がblog「賽は投げられた」に出ておりました。

河合さんは、(中略)嘉門達夫さんなどとともに活躍されていた。番組内では、大ボケかましまくりの河合さんは「ねえさん」と呼ばれ、すっかり芸人扱いであった。(中略) 「デビューです」と河合さんが曲紹介しているにもかかわらず、嘉門さんが「デブー?」と突っ込みを入れたりしていた。

※引用元: 「賽は投げられた」2004.1.23『「デビュー~Fly Me To Love」河合奈保子』

相方が嘉門達夫さんということで、かなりくだけた感じだったみたいですね。大ボケかましまくりっていうのは、どう理解したらいいのだろう、常識はずれという方ではないように思われますので、お笑いネタに対するリアクションとかが、っていうことなのかなあ・・・
聞いてみたいけどコレばっかりはネ、無理だなあ。再放送なんてないし、横浜のライブラリーで公開して欲しいところだけど、可能性は・・・MBSには同録テープが残っているでしょうけどね。

ラジオは映像がない分、言葉が直接、心に飛び込んできます。古いメディアと言われながら、実は「自分」を伝えやすいメディアです。そういう点では、ラジオって奈保子さんにぴったりのメディアと思うんですよね。ビジュアルに邪魔されずに思いを伝えられるということで。もし復帰の暁にはぜひ、ラジオのマイクの前に、って思います。

全然関係ないけど、今日は初天神でしたね。来月は梅花祭・・・行ってみたい(独り言モードです)

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2004年1月23日 (金)

紅白歌合戦の再放送

昨年の紅白歌合戦が、2/11の夕方から夜にかけてに総合テレビで再放送されるそうですね。
正直いって、放送されたばかりの紅白を「いまの時点では」見たいとは思わないのですが、昨年は民放さんも数字的にはがんばっておられたようですので、見逃した(見られなかった)という方も多かったのかもしれませんね。ちなみにマスターは格闘技に全く興味がないので、結局昨年の大晦日は紅白を見続ける結果となりましたが(笑)

しかし、昨年12月に衛星第二で再放送された85年の紅白歌合戦を見たときに感じたのですが、あの番組は昼間に見るものじゃないなあ、と。やっぱり夜中に見るという刷り込みがあるので、夕方から放送というのはちょっと違和感がありますね。それと、今のような2部構成で4時間以上というのはやっぱり長いです。以前の2時間45分1部構成のほうがすっきりしていて個人的には好きですね。枠が少ないと出演者選定がモメるんだろうけど、ある意味潔さがありました、かつては・・・

とりとめもない雑記帖になりましたが、マスターとしては、去年の再放送もいいけど、早いとこ過去の分をすべてNHKアーカイブスで公開してほしい、と思います。81年と86年が見たいのです(笑)

参考:京都新聞 Internet News 1月22日付報道

関連BLOG記事
 「My Pleasure」 より 「紅白歌合戦 再放送2/11」
 「津軽衆」 より 「紅白歌合戦」
 「Silly Talk」 より 「紅白」

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2004年1月18日 (日)

1.17、そして平松愛理さん

 昨日は1.17ということで、やはり神戸のことを思いながら過ごしたわけであります。マスターは関東圏の人間で、親戚縁者にその方面の方もいないのですが、会社の関係で一時期関西圏にも住んでいたことがあり、神戸もごく短い期間でしたが通ったことがありました。また、学生時代に京都にハマッていたマスターは、ついでに神戸へ出かけることもよくありましたので、なんとなくですが思い入れがあるのです。
 陽が落ちて電波の通りが良くなった頃あいを見計らい、久々に遠距離用アンテナを持ち出してAM神戸(ラジオ関西/558kHz)を聴きました。音楽番組でしたが、聴取者からのお便りのテーマは「あなたの防災対策」でした。20時まえでしょうか、録音でしたが、平松愛理さんがゲスト出演されていました。大病をわずらって以降活動休止中の平松さんですが、混信とフェージングの中で久々に聴いたその声は明るく元気そうなものでした。休業しても毎年この日の神戸での支援ライブだけは続けている平松さんは、しかしそんな執念めいたことは話さず音楽のことを楽しそうに話しておられました。明るく前を向いて生きていこうよ、ということなのかもしれません。
 今日になって神戸新聞WebNewsを見てみたら、平松さんのライブの記事が出ていました。ラジオに声が流れていた時刻はちょうどライブの真っ最中だったようです。体調が戻って、子育ても一段落したら、また音楽活動を再開してほしい、そう思います。

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2004年1月17日 (土)

ミニアンケート雑感

マスターが気の向くまま、ご来店の皆さんがどう思ってらっしゃるのかということでミニアンケートを実施してますが、最近のテーマの結果・途中結果について感じたことを少し・・・

紅白歌合戦
「これが1番!」という回は、個別の支持としては84年「唇のプライバシー」が1番となりました。感慨深い初登場81年がそれほど伸びなかったのはちょっと意外でしたが、あくまで歌唱・ステージの完成度で判断された結果なのかなあ、と思いました。まあ、1番多いご意見は「みんな良い」だったわけですが(笑)、ホント奈保子さんの関係のアンケートでは1番を選ぶのが難しいことが多いです。

「河合奈保子」をどう呼びますか?
途中経過ですが、「奈保子ちゃん」と「奈保子さん」が拮抗してます。いまでも「奈保子ちゃん」と呼ぶ方は、きっと初期からのファンの方なんでしょうね。愛着を込めて、ということで・・・
この途中経過を見ると、「以前は奈保子ちゃんだったけど今は奈保子さん」という方がどれくらいいらっしゃるのか、気になります。

あなたが奈保子さんのファンになったのはいつから?
これも途中経過ですが、デビュー3年目までにファンになった方が約5割です。レコード売り上げ的にはピークだった4年目までで約7割、ということになりましたが、自作期以降、および後追いという方が合わせて2割以上というのは特筆すべきことだと思います。これが奈保子さんの実力でしょうね。
そして、嬉しいことにデビュー時からのファンの方もマスターのような出遅れファンの最後発サイトをご覧になっているんですね・・・ほんとにこんな内容のサイトで良いんでしょうか(笑)

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2004年1月13日 (火)

奈保子さんの扱われ方に異議あり

ピースケさんからのお便りを読んで、マスターも思うところがあるので少し長くなりますが触れてみます。

『「河合奈保子」をキーワード検索した時の唖然とした記憶』
『今でいうグラビアアイドル的、あるいはそれ以下の扱いをするページが殆ど』

 ~ピースケさんのお便りから(本館「お便り広場」参照)

ネットの個人サイトはまさにおっしゃるとおり。
個人以外のサイトや、マスコミでの扱いも、如何なものかと思うことしきり

『80年代を語る上で絶対に欠かすことのできない爆乳アイドル』
 ~Yahoo! ミュージックの河合奈保子プロフィールの書き出し部分

『元祖巨乳アイドル、河合奈保子が復活!豪華CDボックス発売決定』
 ~ZAKZAKエンターテインメントニュース見出し
『元祖巨乳アイドルの河合奈保子がDVDボックス発売』
 ~サンケイスポーツ見出し
 ※上記2点は河合奈保子音楽夜話日誌ニュースダイジェストより

どうしてこうも「胸」ばかりなのか。。。もちろん、奈保子さんのビジュアル面の魅力もすばらしいですし、胸が豊かだったのも事実(あくまで当時としてはですが。今なら大騒ぎするほどのものではないと思う)。それをきっかけに興味をもたれて歌手・作曲家としてのすばらしさに気づいてくれれば救われますが、こういう伝え方ばかりでは当時のことを何も知らない若い方は「なんだ昔のグラビアアイドルか・・・」としか思ってくれないでしょうね。これほど歌に真剣に向き合い、きちんと実績を出したアイドル出身のアーティストもいないというのに。。。

そういう意味では、我々のようなファンサイトも少し工夫しなければならないのかなあ、なんて思ったりもします。今の個人サイトは、いわゆる画像サイトと当店のようなテキストベースの音楽サイトに2極化しており、画像しか見ない人に歌唱・楽曲のすばらしさをわかってもらえる状況とは言い難いわけです。かといって当店で画像を扱うにはクリアしなければならないことが多くて無理なんですが・・・このもどかしさ、どうにかならないものでしょうか。
そう考えると、DVD-BOX「PURE MOMENTS」は音楽・ビジュアル両面の魅力がわかるすばらしい商品です。いま偉そうなこと言ってるマスターも、ファンになった直接のきっかけはコレでしたから。。。

あ、そうそう、Yahoo!ミュージックを引き合いに出してしまいましたが、あのプロフィールは書き出しを除けばほぼ正しい認識なんですよね。いちおうフォローしておかないと・・・

『同年代の女性歌手の中でも抜群の歌唱力を誇っていた彼女だが、86年のアルバム『スカーレット』以降はほぼ全曲を作曲するという、およそアイドルとしては考えられぬ類稀なるアーティスト性を発揮。』

ほんと、後半部分が良いだけに、書き出しだけが残念です・・・

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2004年1月11日 (日)

個人サイトの音楽著作物使用

当店リンクサイト「河合奈保子音楽夜話」の日誌コーナーにて、ウチの本館をご覧になってこんなお話をされています。

TEAROOM ☆ NAOKO さんでは、JASRACの許諾を得て奈保子さんの歌詞を掲載されています。個人サイトでそんなことが可能なのか!

 確かに、私の乏しいネット経験では、いわゆるファンサイトでJASRACの許諾マークを掲げているところには行き当たったことはありませんね・・・そういう点では、ウチのサイトは異色なのかもしれません。
 しかし、よくよく考えてみればわかることなのですが、JASRACは別に楽曲使用の制限をする団体ではないんですね。むしろ、許諾さえとれば楽曲の使用は大歓迎という立場でしょう。ですから、商用使用と非商用使用では取り扱いが若干異なるものの、個人サイトだから使用を制限する、といったことはありません。JASRACもインターネット時代に対応してホームページで許諾申請を受け付けていますし、サイト運営者の方で楽曲を使用したいという方はチャレンジしてみては・・・ただし、JASRACが管理していて許諾を出している対象は、純粋に詞と曲だけです。その詞と曲を用いてアーティストが演奏し録音されたもの(つまり市販CDに収録された演奏)はレコード会社にも権利があり、そちらの許諾は別途の扱いとなります。(コロムビアは理由の如何を問わずHPでの利用はすべて断っているようです)

 さて、上記引用の日誌のなかで

一番影響を受けたと思われる職業作詞家さんから順に掲載していただきたい

というご要望をいただいておりますが、そもそも歌詞掲載をするメインの意図が違うのでご期待には添えない結果となっております(笑)。歌詞の解説はオマケみたいなもので、ルーツや下敷きの探索に至ってはマスターにとってどうでもよいことです。ではウチの本当の意図は何か・・・
 それは、河合奈保子さんをもっと具体的に応援したい、ということです。遅れてきたファンであるマスターは、奈保子さんの活躍期に一度もレコードを買ったり、本を買ったり、コンサートやディナーショーへ行ったりしたことがありません。大変な不届き者です。追いかける立場のマスターは、現行商品はあ~る盤も含めほぼ入手したものの、それ以上のことは出来ずとてももどかしかったのです。そして、マスターにできることで残っているのは、「サイトで楽曲を使用すること」という結論に至ったというわけです。曲そのものは許諾の関係で無理となれば、対象は歌詞。だからなるべく奈保子さんの作詞曲がいい。そういう観点で掲載曲を選んでいます。もちろん、歌詞を掲載したからといって奈保子さんや関係者へ行く金額は微々たる物です。それに奈保子さんは印税方式でなく芸映音楽出版に権利を売り渡しているかもしれないし・・・

 はっきりいってお客様不在の独りよがりの考えかたですし、ええかっこしいと思われるかもしれない。それなんで歌詞探訪コーナーを開設したとき、その意図は黙っていたのですが、音楽夜話さんに話題を振られてしまったので正直にお話ししました。後追いという特殊な環境下の、マスターなりの応援スタイルとして、ご理解いただければ幸いです。

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2004年1月 7日 (水)

MY SONG FOR YOU

 当店のミニアンケートで、「奈保子さんの作詞曲のなかであなたの好きな曲をあえてひとつあげるとしたらどの曲になりますか?」というお題がありましたが、この中で取り上げていた「MY SONG FOR YOU」が、実は奈保子さんの作詞曲でないことがわかりました。本当の作詞者は、吉元由美さんなんですね。

 マスターは遅れてきたファンですから、この曲は「PURE MOMENTS」で初めて知ったわけですが、そこには確かに「作詞・河合奈保子」と出ています。そのため先のミニアンケートの対象に含めたのですが、歌詞掲載の許諾申請をする過程でJASRACの作品コードの検索をしたところ、「作詞・吉元由美」と出てきたんですね。え、っと思ってJASRACに問い合わせたら「届出の通り登録しているので発売元に確認を」と返事が来て、ならばということでコロムビアに問い合わせたら、あっさり「ご指摘のとおり作詞は吉元由美さんです」と返事が返ってきました。
 オリジナルのビデオ「月夜宮殿」ではどのようにクレジットがついていたんでしょうねえ。

 事実を知ってしまって複雑な心境のマスターなのでした・・・

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2004年1月 5日 (月)

年末年始特番雑感

さて、昨日の雑記帖で予告したとおり、今日のお題は奈保子さんの当時の映像が流れず残念だった年末年始のテレビ番組の雑感を2つほど・・・

ザ・ベストテン2003(30日/TBS系)
くだらないクイズをやったりゲストを呼んで「いま」の歌を歌わせる時間があるならもっと当時の映像を幅広く流して欲しいものです。「いま」の歌は平常の番組で聴けるんですからね。それと、当時の映像は聖子とトシばかりが何べんも流れてどうにも納得いかない・・・ただ、伝説の「嘘泣きシーン」が流れたのは貴重でした。(それを本人が恥ずかしげもなく見ているというのもたいしたもんだ)
見ていて良かったのは、長山洋子さんが演歌に転向する前の、アイドル時代の歌を歌ってくれたことぐらいかなあ。ポップスと演歌をきちんと歌い分けられる歌手は貴重です。
あと、司会については一考の余地ありですね(笑)やっぱり黒柳徹子さんと対等に渡り合える濃いキャラでないと・・・

なお、ザ・ベストテンについては「音楽夜話日誌」でも触れられておりますが「スペシャルを放送する事の意味をもう一度考えて頂きたい」というのはまさにその通りだと思います。ご本人を呼ぶことは出来なくても、せめて当時の映像を・・・

想い出の名曲すべて見せます2004(1日/朝日系)
どこに「80年代アイドル史を振り返る」があったんだろう・・・いちおう80年代の名曲(とされる曲)はまとめて流れてましたけどね、あれはアイドル史とはちょっと違うなあ。それに、本人コメントありが優先傾向でしたね。「センチメンタルジャーニー」(松本伊代)とか「夏色のナンシー」(早見優)が出てきてなんで「スマイル・フォー・ミー」とか「夏のヒロイン」が出ないんだろ。

まあ、いつものことで愚痴っぽくなってしまいましたね。いつかスカっとした文章が書けるような番組が流れることを期待します。

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2004年1月 4日 (日)

DOSで過ごした年末年始

 あけましておめでとうございます。
 どうぞ今年もTEAROOM☆NAOKOをごひいきに・・・

 年末年始は帰省していたのですが、汽車旅のマスターにはパソコンを持ち歩くのは邪魔くさくって、本館ともども更新をお休みさせていただきました。いちおう、実家に置いたままにしてあったMS-DOSパソコン(知る人ぞ知るIBM PalmtopPC110)とDOSブラウザ(WebBoy)でネットの閲覧はある程度可能でしたが、JAVAスクリプトは一部しか解釈できないので見られないページもありましたね。ここ(ココログ)の更新も試みましたが、文字化けで手出しできませんでしたし、メールをチェックしようにもWEBメールはブラウザが適合しないのかログイン出来ない(笑)
 でも、久しぶりにサイト運営者ではなく、ふつうのネット利用者の立場であれこれサイトを覗くのは楽しいものでした。6インチちょっとの画面に映る自分のサイト(本館)というのも初めて見ましたが、横640ドットで制作しているせいもあって結構見られるものですね(自画自賛)。高機能ではないブラウザで見るときはフレームなしが良いというのも再発見でした。

 さて、年末年始のテレビ放送ですが、奈保子さん関連はさっぱりでしたね。いま仕掛けておいたビデオを早送りで確認しつつありますが、いま確認できているのは31日のTBS系「日本レコード大賞」で、45年の歴史を振り返る映像の中で「けんかをやめて」を歌う奈保子さんが数秒流れたぐらいです。
 そのほか、空振りだった番組についての個別の感想は、日を改めて書きたいと思います。
(そうやってネタ切れを引き伸ばそうという姑息な手段なんですが・・・)

 さあ、明日は仕事始めか・・・モードを切り替えないといけませんね。

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